電脳くおりあ

Anyone can say anything about anything...by Tim Berners-Lee

「死」と「自然」と

2004-10-28 23:30:55 | 子ども・教育
 煩悩の固まりのような私が、死について考えていることはただただ怖いということだけだ。だから、人の死など見たくもない。それは、まさしく、不気味な存在だ。いつもそこで私の思考はストップしている。ロボット工学での「不気味の谷」のことを書いたが、人間の死も同じかもしれない。というより、人の死体こそが「不気味」である。今までそこで元気に話していた友達が、一瞬の後に殺され、無様な形で自分の前に転がっているのを見て、恐怖を感じない人がいるだろうか。遠くイラクでそれが起きようとしており、また新潟の地震でそれが起きたし、大阪市池田小学校でもそのような事件が起きた。

 そうした「死」を目の前にして私たちの感じることは、「不気味」という気持ちと同時に「無力感」である。それは絶対的な無力感である。次に自分が殺されるかもしれないという恐怖と、殺されるのを助けることができなかったことへの罪悪感。何かとてつもなく、取り返しのつかないことが起きてしまったということ。見ていることしかできなかったことへの「無力感」。衝撃波のように私たちを襲ってきた「殺戮」と「叫び」の残像。それは、そのように抽象的に言うこと以外に今の私には表現できない。

 友人から、今年の8月に行われたあるセミナーの講演の記録のコピーが送られてきた。それは、ノートルダム学院小学校教諭の菅井啓之先生の「いのちと向き合い 自然とふれあう心の教育」という講演の記録だった。菅井先生は、平成13年6月8日には、大阪教育大学付属池田小学校の理科の専科の先生だった。2年南組では女の子ばかり5人亡くなった。担任の先生はいろいろな状況の中で担任を続けられなくなったので、菅井先生がその代わりに2年南組を急遽担任することになったという。

 菅井先生のすごいところは、理科の専科の先生という自分のいる位置から徹底的に子供たちとつきあったところだ。いろいろな自然を見せることによって子供たちを癒していく。初めての子どもたちとの出会いには、ムクロジを沢山持って行ったそうだ。ムクロジというのは、羽子板の羽の下についている黒くて丸い実になるものだ。ムクロジの皮をとり、水に入れて振ると自然の石けん水でとてもこまやかな泡が立つそうだ。そうした自然の不思議を見せて、子どもたちと仲良くなったという。

 亡くなった子どもたちの親たちが、今まで通り自分の子どもの机を残して、そこに友だちと一緒に居られるように、写真や花を飾って欲しいという要望をした。そのとき、別の保護者から、それは子どもたちにとって思い出したくない恐怖を思い出させるので止めた方がいいという意見があり、子どもの思い出を残して欲しいという意見と対立したという。それに対して、菅井先生は、子どもたちに、蝉の抜け殻を見せて、「世の中には見えないからといってないと言えないものがある」ということを話してあげて、その後で子どもたちに亡くなったお友だちの机を置いておいてもいいかどうか決めさせたという。結局、すべての子どもに納得してもらって、友だちの机を置いておくことになったという。

 その2年南組の子どもたちが、その事件以降に書いた詩集と俳句集があり、それの紹介がある。「死」を見てしまった子どもたちが、「死」と「命」について必死に問いかけている詩が沢山ある。菅井先生の「つらい悲しい事件に対して前向きに進んでいかなきゃいけないという」願いが子どもたちに届いたのか、子どもたちは徐々に立ち直っていく心の軌跡が見える。先生や、親、子どもたちは癒されない心を抱きながら、それでも前に進んでいかなければならない。その過程でのいろいろな試みや、思索や対話を菅井先生は切々と語られていた。

わすれようとおもう。
だから、ほかのことをかんがえると、よけいおもい出してしまう。
でも、じかんがたつとわすれた。
人間ってふしぎな力をもっているんだな。


 これは、そんな成長の過程にある子どもの詩だ。「自然」の治癒力ということだと思う。菅井先生は、子どもに「忘れる力も人間にとって大切なんだよね」とコメントしている。それ以外にどんな治療があるのだろうか。子どもたちの中の自然の力が子どもたちを癒しているのだ。菅井先生が子どもたちに沢山見せて上げた自然が、大きな役割を果たしているのだと思う。こんなに自然に詳しく、自然に優しい理科の先生がいたのだ。

 私たちは、悲惨な事件のことなどできるだけ早く忘れて欲しいと願う。忘れて、自分の人生を大切にして生きて欲しいと願う。けれども、簡単には忘れることができない。ただ、自然の時間だけが解決してくれるのかもしれない。自然の中の生き物を見ていると、子どもたち自身の中の自然の力を甦ってくるのかもしれない。そんな菅井啓之先生が『ものの見方を育む自然観察入門』(文溪堂)という本を書いている。どちらかというと教師向けに書かれた本であるが、普通の父親が見ても役に立ちそうだ。幸い、私の近くにはまだ、自然がいっぱいある。子どもと一緒に自然観察をしてみたいと思った。

コメント (3)
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