フリードリヒの日記

日常の出来事を、やさしい気持ちで書いていきたい

払うべきか、払わないべきか

2015年01月23日 08時53分52秒 | 社会・政治・思想哲学

 イスラム国が日本人殺害予告し、身代金を要求している。この身代金を払うべきか、払わないべきか、大きな問題になっている。


 最初、払った方がいいんじゃないかと思ったが、問題はそれほど簡単ではない。


 二人の生命と身代金が天秤にかけられているわけではない。二億ドルは高額ではあるが、日本政府が本気で二人を助ける気があれば、払うことが出来る金額である。
 天秤にかけられているのは、二人の日本人の命と、将来捕まることになってしまう多くの人たちの生命である。もし、ここで簡単に身代金を支払ってしまえば、日本政府は簡単にお金を出すといううわさが広まる。その結果、身代金要求のために、日本人を見たらすぐに捕まえるだろう。


 合理的な判断をするなら、払うべきではない。しかし、僕たちには感情というものがある。他人であっても、同胞の日本人が殺害されるのは、気分が悪い。この状況は、まさしく、この合理性と感情がぶつかる場面なのだ。


 あなたは、今、友人と一緒にトロッコに乗っている。トロッコが暴走してブレーキの効きが悪くなっている。先の方に、友人五人が歩いている。こっちには気づいていない。このままでは五人を轢き殺してしまう。隣に乗っている友人を突き飛ばし、一人になればブレーキが効き、止まることができる。
 あなたの選択肢は、 二つ。隣に乗っている友人を突き飛ばすか、五人を轢き殺すか。どうしますか?
 この問いに多くの人は、突き飛ばせないと答えるらしい。合理的な判断は、一人の命と五人の命を天秤にかければ良い。しかし、自分の近くにいる人を直接殺せない。それが感情だ。
 人間は、合理性と感情がぶつかる時、感情に任せるまま判断を下してしまう。

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