風になりたい

自作の小説とエッセイをアップしています。テーマは「個人」としてどう生きるか。純文学風の作品が好みです。

古本屋めぐり(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第102話)

2012年04月28日 08時30分15秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』
 
 学生の頃から古本屋にはお世話になった。
 東京の古本屋街といえば、やっぱり神田神保町がいちばん品揃えが豊富だけど、いちばんよく通ったのは学生街の古本屋だ。なだらかな坂の両側に古本屋が何軒かならんでいて、学校の帰り道によく冷やかした。古本屋を行き過ぎると、ロードショーから半年くらい遅れた映画を二本立てで放映している映画館があったので、よくそこへ入ったりした。学割料金で二本分の映画を楽しめるのだからお得だ。
 学生のことだから、もちろん、値段の高い本はよっぽど欲しいものや必要な本でない限り買えないけど、店先の百円均一のワゴンをよーく探すと掘り出し物があったりする。ごくたまにだけど、とうの昔に絶版になった岩波文庫の小説を見つけることがあって、それがとても楽しみだった。今でこそ、岩波文庫の絶版になったものが「リクエスト復刊」と称して定期的に復刊されるようになったけど、当時はそんなサービスはなかったから岩波文庫の古本は貴重だった。
 毎年、秋になると学校のすぐそばにある神社の境内で古本市が立ったので、それが始まったら授業そこのけで神社へ行って掘り出し物をあさった。トルストイの『生ける屍』を見つけた時は感動した。しかも、売値はたったの十円。戦前に印刷されたもので、昭和十七年○月○日にどこそこで読んだと昔買った人が表紙裏に鉛筆で書き込んでいた。彼はどんな感想を持ったのだろうと想像してみたりしたものだった。
 学生街の古本屋のいちばんいいところは、なんといっても値段の安いことだ。
 神保町では二千円で売られているような本が、たったの百円で手に入ったりする。トルストイの『生ける屍』は薄い文庫本だし、有名な作品ではないけど、神保町の古本屋ならそこそこのいい値段がついただろうと思う。少なくとも、十円や百円では絶対に売ってくれない。
 今は広東省に住んでいるから古本漁りもできなけど、今度東京へ行く機会があったら久しぶりに古本屋街をぶらついてみたいな。



(2011年5月3日発表)
 この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第102話として投稿しました。 『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n8686m/


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