風になりたい

自作の小説とエッセイをアップしています。テーマは「個人」としてどう生きるか。純文学風の作品が好みです。

貴女と蒼穹を翔びたかった 最終話

2013年03月27日 19時45分07秒 | 文学小説『貴女と蒼穹を翔びたかった』

 死線を越えて


 急上昇をかけ、エンジンを全開にします。
 ――もうだめだ。
 ひやりとした刹那、九五式水偵はがっしりとした主フロートで波頭を突き破り、空へ舞い上がりました。
 間一髪でした。あと〇・三秒遅ければ、機体もろとも海の藻屑となっていたことでしょう。念のために高度を雲底直下の三百メートルにとりました。気持ちを鎮めようと何度も深呼吸してみましたが、動悸がおさまりません。眼下には最果ての海が広がっています。
 彼岸と此岸の間をうろうろ飛んで生死の境目をさまよっていた私は、この世へ引き戻されました。
「安田、しっかりしろ」
 伝声管から掌飛行長の声が聞こえます。私は後部座席を振り返りました。確かに川島さんが坐っています。
「掌飛行長殿、生きておられたのですね」
 嬉しくなった私は、思わず叫んでしまいました。
「ばか、死にかけていたのはお前だ。安田、寝るな。寝たら死ぬぞ。貴様なんかと道連れになるのはごめんだからな」
 軍人らしい憎まれ口は、愛の鞭です。
「申し訳ありません」
 私は、伝声管へ向かって頭を下げました。
「謝るくらいなら、しっかり飛べ」
「はい」
「いいか、生きて帰るんだ」
「掌飛行長殿。あとどれくらいでしょうか?」
「もうすこしだ。がんばれ」
「もうすこしとは何分くらいでしょうか?」
「あと五分だ」
 掌飛行長の声といっしょに竹竿が頭へ降ってきます。うるさく訊くなと怒られてしまいました。
 しばらくはしっかり操縦していた私ですが、やはり貧血を起こして目の前がかすみます。灰色の雲も黒い海も、世界のすべてが二重三重にぶれて見えます。
「掌飛行長殿。いったん着水して私と操縦を替わっていただけないでしょうか。もう持ちこたえられそうにありません」
「ばかやろう。この波で着水できるわけがないだろ。転覆するぞ」
 川島さんはまた私の頭を叩きます。確かに、掌飛行長の言う通りです。水上機は七つの海のどこでも自分の滑走路にしてしまえますが、それは波が比較的穏やかな時に限られます。海が荒れていたのでは、着水できません。
「安田、諦めるな。諦めた時が死ぬ時だ。こんな最低な海で死ねるかよ。ここでお陀仏になったら、地獄行きの切符しか手に入らねえぞ」
「必ず掌飛行長を『摩耶』までお連れします」
「よし。弱音を吐くな。絶対に生きて帰る。男なら、生きて生きて生き延びて戦い続けるんだ」
「了解」
 掌飛行長の檄《げき》ですこしばかり元気を取り戻しました。川島さんを死なせてはいけない。彼の想いに応えたい。そう思って気力を振り絞りました。
 どんよりと濁った空が続きます。
 三途の川の光景が脳裡に甦ります。
 アリューシャン列島にオランダ兵がいるはずなどありませんから、きっと戦死した人たちがあの世の入口を探して行進していたのでしょう。
 なんとも言えない思いに駆られました。
 隊列のなかには、私が殺してしまった人もまじっていたかもしれません。いくら戦いとはいえ、向こうも死を覚悟のうえだったとはいえ、後味の悪さが胸に広がります。もしダッチハーバー飛行場を爆撃した折に戦死者が出ていれば、その人たちもあの川のほとりでさまよっていることでしょう。
 私はため息をつきました。
 相手を倒さなければ逆に私が殺されていたかもしれないのですから、恨みっこなしといえばそれまでです。理屈はそうですが、殺し合わずにはいられない人間とはいったいなんなのでしょうか。人殺しを生業《なりわい》とする職業軍人の私はいったい何者なのでしょうか。私の業は深すぎて、救いようがないのでしょうか。
 ふっと意識が途絶えます。
 そのたびに、掌飛行長が竹竿で気合いを入れてくれます。
 突然、エンジンがパンパンと異常な爆発音を立てました。
「安田、どうした」
「回転数が急激にさがっています」
 メーターの針が左へ振れます。エンジンを噴かそうとしても、いうことを聞いてくれません。
「原因はなんだ?」
「わかりません。たぶん、寒さと霧にやられたんだと思います」
 スピードが落ち、ずるずると高度が下がります。このままでは失速してしまいます。
 私はすぐさま過給機を調整してみました。ですが、正常に作動しません。案の定、空気の流入を調整する弁に不具合が発生して、それがもとで爆音につながったようです。エンジンを開けてみなければ正確な原因はわかりませんが、十中八九、結氷が付着して弁がつまったのでしょう。弁《スロットル》を開けたり閉めたりしながらあれこれ試しても、エンジンは凄まじく咳きこむだけです。突然、シャンパンを抜いたようなぽんっとなにかが弾ける音とともに回転数が上がりはじめ、メーターの針が右へ振れました。はさまっていた異物が取れ、弁が正常に作動するようになってくれたのでしょう。エンジンはようやく調子を取り戻し、スピードも巡航速度へ回復しました。
 エンジンの異常はおさまりましたが、燃料は残りわずかになっていました。もうじきガソリンが底をついてしまいます。
 死ぬのは怖くありません。
 懐かしい人たちが待っていてくれています。あの世でなら、誰も恨まず、誰も傷つけず、やさしい気持ちで暮せそうです。
 ただ、貴女のことだけが心残りでした。
 もう死ぬかもしれないと思うと、貴女のことばかり思い出します。貴女の笑顔ばかりが胸にいっぱい広がります。遠い異国の地で想う貴女の笑顔は、村里に咲き乱れる白百合のようでした。
 大切な人を手放すだなんて、私はなんてばかな真似をしたのでしょう。
 この世でかけがえのない人は、貴女以外に誰もいません。
 貴女を苦しめたくなかったから別れることにしたと言いましたが、ほんとうのことを言えば、あなたを苦しめたと思う自分が嫌だから、別れることにしたのかもしれません。自分の都合で貴女と別れただけなのかもしれません。いえ、きっとそうなのでしょう。自分が傷つきたくなかったのです。
 生計をどうやって立てるのだとか、暮らしをどうするのだとか、よけいなことばかり考えすぎた私が間違っていました。それほど大切に思っている貴女なら、なにも考えずに抱きしめ続ければよかったのです。それができなかったのは、私の弱さであり、私の愚かさです。わがままな考えかもしれませんが、大切な人を手放してしまったのでは、つまらない後悔をするだけなのです。かえって、大切な人を苦しめてしまうだけなのです。後がどうなろうとも、その日一日を精一杯生き抜くこと――それだけが、ほんとうに大事なことなのではないでしょうか。そんな一日いちにちの積み重ねが明日の希望へとつながるのではないでしょうか。
「『摩耶《まや》』だ!」
 川島さんが叫びます。
 こちらへ向かってまっすぐ駆けてくる『摩耶』の姿が目に飛びこみました。艦隊旗艦用に設計された『摩耶』は巡洋艦にしては巨大な艦橋を備えているので、一目見ればすぐにわかります。見間違えることはありません。『摩耶』が探照灯《サーチライト》を光らせ、
「我、揚収準備に入る。備えよ」
 と、モールス信号を送ってきました。
 ぎりぎり間に合った。
 ほっと胸をなでおろしたものの、海面を見てすぐに嘆息してしまいました。
 波は吠え叫び、海は荒れ狂っています。着水してもすぐに大波をかぶって転覆してしまうのは確実です。こんな冷たい海に投げ出されたら、体中が凍りつき、それこそシャーベットになって死んでしまうでしょう。
 万事休す。
 私がこの命を諦めかけた時、『摩耶』は全速力を出して目一杯舵を切りました。日本海軍が誇る主力重巡洋艦は船体をきしませ、大きな弧を描きます。『摩耶』の切っ先から出た波がたがいに打ち消し合い、円を描いた内側だけ海が鎮まります。荒波のなかに丸い鏡がぽっかり浮いたようでした。
「今だ!」
 待ちかねた私は愛機を着水させました。
 主フロートから飛沫が飛び、風防ガラスを濡らします。まるでスケートでも滑るように静かな水面を走ります。
 エンジンを切り、舷側へぴったりつけました。見上げた鉄《くろがね》の艦容はいかにも頼もしそうでした。水上機甲板のクレーンが動き、九五式水偵の頭上へ回りこみます。あとはフックに引っかけて吊り上げてもらうだけです。
 やっと帰還できた。
 生きて還ることができたのです。
 ロープを手にした私は「よし」と叫び、下りてきたフックへロープをかけようとしました。
 その時です。
 荒波が襲いかかってきました。
 足元をすくわれ、『摩耶』の姿が逆さにひっくり返ります。翼を呑みこまれた九五式水偵は舷側へ叩きつけられ、あっという間もなく、私と掌飛行長は酷寒の海へ投げ出されてしまいました。

 さいわい、すぐにカッターをおろして救助してもらえたので、一命を取りとめることができました。
 重傷を負った私は半年間の療養期間を経た後、同じ高雄型重巡洋艦の『愛宕《あたご》』水上機隊へ再配属され、昭和十九年のレイテ沖海戦で『愛宕』が米潜水艦の雷撃を受けて沈没するまで行動を共にしました。『摩耶』もその海戦に参加していたのですが、ともに撃沈されてしまいました。またも九死に一生を得た私は、その後水上機学校の教官となり、霞ヶ浦基地で本土決戦に向けて後進の指導に当たっているうちに広島への原爆投下日を迎えました。
 新型爆弾の噂は以前から耳にしていましたが、まさ貴女の住む街へ落とされるとは思ってもみませんでした。青天の霹靂《へきれき》とはこのことです。
 私の心まで焼かれたようでした。後から同僚に聞いた話では、私は教官室の窓辺に立ち尽くしたままずっと空を見上げ、嘘だとつぶやき続けていたそうです。すぐにでも水上機に飛び乗り、広島へ行きたくてたまりませんでした。ですが、教え子たちの手前、職場放棄をするわけにもいきません。悶々と日々を過ごすうちに長崎へも原爆が投下され、やがて玉音放送が流れて日本の敗北が確定しました。
 ここへお参りにくるのが遅くなってすみません。
 戦後の混乱期は、世間の人々と同じように私もその日一日の糧を得ることだけで精一杯でした。栄養失調と過労から何度も病院へ担ぎこまれたものです。朝鮮戦争が終わって世の中がようやく落ち着きを取り戻し始めた頃からずっと貴女の消息を求めていました。とはいえ、広島へ送った手紙は宛先不明で返ってくるばかりですし、貴女のご実家もいつの間にかよそへ移られていましたから、なかなか手がかりが摑めません。広島まで尋ねて行ったこともあるのですが、貴女の住所には知らない方が住んでおられ、ご近所の方々もすっかり入れ替わってしまった様子でした。つい最近、やっとのことで貴女のご親戚の方と連絡が取れ、貴女の最期を教えていただくことができました。
 戦場で死ぬはずだった私がこうして生き残り、内地で生き残るはずだった貴女が原爆の犠牲になってしまうとは、運命の皮肉としか言いようがありません。できることなら、私の命を差し出してでも貴女には生き残ってほしかった。いえ、こんな言い草は甘ったれた言い訳ですね。もとはと言えば、私が別れることにしたために、貴女は広島へ嫁ぐことになったのでした。私のせいです。私が貴女を死地へ追いやったのです。私が貴女を殺してしまったのも同然です。しかも、素敵だった貴女をとても人間とは思えない無惨な姿へ変えてしまい、さんざん苦しませてから命を奪ってしまったのです。さぞつらかったことでしょう。
 このことばかりはいくら償いたくても、償いきれません。私と貴女の命を交換することができたら、どんなにいいでしょう。歯がゆいことですが、今となっては貴女にしてさしあげられることはなにもありません。こんな情けない私を許してください。ほんとうに、許してください。どうか、どうか許してください。許してください。
 貴女が好きだった白百合の花と木村屋の菓子パンをお供えします。
 いつかいっしょに銀座の木村屋レストランへ入った折、二人でカツサンドを注文しましたね。貴女はもう食べきれないわと言って、口元についたパン屑を木綿のハンカチで拭ったのでしたっけ。恥ずかしそうにはにかんだ貴女の笑顔が忘れられません。
 恥知らずにも生き永らえた私は、この世で大切なものを守るために、この世で美しいものを壊させないために、なにごとかを成し遂げなくてはなりません。こんな頼りない私になにができるのか、非常に心もとないのですが、それよりほかに供養の道はないのだと思います。
 私はもう自分の身に起きた出来事を時代のせいにはしたくありません。そんな言い訳を重ねる人生はみじなものでしかありませんから。大切な人を不幸にしてしまうだけで後悔しか残りませんから。時代の壁を打ち破る力はなくても、せめて非力な私なりにそのための努力を重ねるつもりです。
 原爆で焼け野原になった広島の街と人々の模様を撮影したフィルムを持って、来月からアラスカへ渡ります。アラスカの学校を回って講演を行い、原爆の悲惨さをよく知ってもらいたいと思っています。そして、私が戦争中に犯した罪を包み隠さず正直に告白し、彼の地の方々にお詫びを申し上げる予定です。
 どうか安らかに眠ってください。
 将来、私があの川を渡ることになった際には、もしよければあの穏やかな岸辺で出迎えていただけないでしょうか。貴女と話したいことがあるのです。
 ずっと貴女を想い続けます。



 了


 ※本作の『小説家になろう』サイトでのアドレスは以下のとおりです。
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