風になりたい

自作の小説とエッセイをアップしています。テーマは「個人」としてどう生きるか。純文学風の作品が好みです。

初めての飛行機(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第198話)

2013年10月20日 17時32分23秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』

 アシスタントのアニメちゃんを連れて、沿海部のとある町まで出張に行ってきた。トライアル業務の手配を彼女に手伝ってもらっている新規プロジェクトの顧客企業を訪問するためだ。
 アニメちゃんは出張するのも初めてなら、飛行機に乗るのも初めてだ。しかも、先月、社員旅行で隣の省へ連れて行ってもらうまで広東省の外へ出たことがなかった。省外へ出るのは今回の出張で二回目。彼女のように、出身地の省の外へ出たこともなければ、飛行機に乗ったことのない中国人はけっこう多い。
 窓側の席に坐らせてあげたら、ずっと窓の外を眺めている。
「景色はどうだった?」
 と飛行機を降りた後で訊いたら、
「いやぁー、すごいですねぇー」
 と、アニメちゃんは少年のように眉を吊り上げた。
「夜景がきれいでしたよぉ。ずっと地面の灯りを見てました。それから、月がきれいでしたぁ」
 すっかりご満悦の様子だ。
「機内食はどうだった?」
 僕が訊くと、
「ううぅー、まずいですねえぇ。入口のところに弁当が置いてあったからぁ、わたしはそのなかにあったフライドチキンが食べたかったんですぅ」
 と、足をばたばた踏み鳴らす。
 そういえば、チケットをもぎるカウンターのそばに日本で言えば幕の内風の弁当が置いてあった。機内食の食器に容れたものではなくて、ごく普通の弁当だ。だけど、彼女はすっかりそれが機内食で出るものだとばかり思っていたようだ。
「ううぅー、わたしのフライドチキン~」
 アニメちゃんはあたりかまわず叫んだ。
 空港のロビーへ出た後も、ルンルン気分で歩きながらあたりの様子を興味津々に眺めている。なんの変哲もない空港の風景だけど、見るものすべてが目新しいといった感じだ。
 フライドチキンは食べられなかったけど、飛行機の旅を楽しんでくれたようだ。



(2012年8月31日発表)
 この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第198話として投稿しました。 『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n8686m/

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