「妻に給料を没収されてしまいましたあ」
A君は頭をかきむしる。彼は二十八歳の上海人の男性だ。一歳の男の子がいる。
「どうしたの?」
僕が訊くと、
「エロマッサージに行ったのが、妻にばれてしまいました! 」
と叫ぶように言う。微信ウェイシン――中国のLINEのようなもの――でエロマッサージ店の女の子と連絡を取り合ったメッセージが見つかり、それでその店に行ったこともばれたのだという。メッセージにはすこしばかりいけないことが書いてあったそうだ。
「僕の小遣いは毎日二〇元(四百円弱)です。毎朝、妻がくれる二〇元だけです。お昼に安いランチを食べても一五元くらいかかるから、たばこ代も残りません。うわっ、どうしようっ!」
ばちが当たったといえばそうだけど、フーゾクへ一回行ったくらいで給料没収とはなんとも厳しい奥さんだなと思いながら、事務所の総務の女の子にそのことを話すと、
「そんなの当り前よ」
と彼女はまなじりを吊り上げる。総務の女の子も上海人だ。
なんでも、彼女の同級生は旦那さんに一週間百元の小遣いしか渡していないそうだ。その旦那さんは、賭け事で負けてすっからかんになった友人に三千元ほど貸してあげたのだが、奥さんは賭け事をするような人にどうしてお金を貸すのかと怒り、給料を没収してしまったそうだ。同級生の旦那さんは車通勤をしていてガソリン代もお小遣いで賄わなければいけないから、すこしでもお金を浮かすために寒い冬でもエアコンをつけずに車を運転して会社へ通っているのだとか。なんとも痛ましい話だ。
家へ帰ってから奥さんにこの話をした。僕の奥さんは話を聞きながらきらきら目を光らせ、上海では旦那さんの行ないが悪いと奥さんはすぐに給料を没収してしまうのだと言う。
「でもさ、ずっとそんな小遣いじゃ、あんまりでしょ。いつかはふつうの小遣いにするんだよね。だって、友達と飲みにさえ行けないもの」
僕が言うと、
「それは旦那さん次第ね。一生懸命奥さんに尽くして、いい子にしていれば、いつか怒りが解けてきちんと小遣いをもらえるようになるかも。――あなたもフーゾクなんかへ行ったりしたら、給料を没収しちゃうわよ」
と奥さんはきつい目で僕を見る。
「奥さんがいるのにそんなところへ行くわけないじゃん。行く必要もないし。あはは」
僕はとっさにごまかした。見て見ぬふりをして見逃してくれるようなことはあり得ないんだろうな。僕も給料を没収されないように気を付けないと。神よ、私を誘惑からお守りくださいっ!
(2015年3月15日発表)
この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第322話として投稿しました。
『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n8686m/