6月13日水曜日
●暑い。わたしは、PCから離れて散歩に出た。すくすくと伸びてきた稲。青田風に吹かれて田園に出た。
●木造校舎。昔のままに残っている。母校、まで散歩した。コンクリートの塀の下部に犬くぐりがある。鉄の格子になっていた。犬くぐりと呼ばれていたかどうかも、定かではない。すべてはセピヤ色の記憶の中だ。
●今も鉄格子はない。赤く錆びた根が残っているだけだ。あそこの平らな見事な切り口。N君が切ったところだ。
●家庭にある鉄製品で不用なものは供出していた。誰が、学校の塀のこんな細い鉄の柱に目をつけたのだろう。長さ三十センチ、幅三センチにも満たない柱。切り取って集めたところで、たかがしれている。そんなことまでして、鉄を集めなければならなかった。鉄砲の弾をつくるために。
●わたしたちは、授業はそっちのけで、小さなヤスリでこの鉄の柱を切ることになった。集めた鉄は鉄砲の弾になる。一発でもおおくの弾をつくる。それが銃後のわたしたち小国民の義務だった。校庭は耕されて畑となっていた。サツマイモやジャガイモをつくっていた。食料がなかった。とくに集団疎開できていた児童は栄養失調になっていた。ふらふら歩くものもいた。かわいそうだった。でも、みんなで畑となった校庭の細いあぜ道を昇降口から正門の塀のところまで歩いた。「父よあなたは偉かった」と軍歌を歌いながら勇ましく行進した。「作業はじめ」という先生の掛け声とともに、小さなヤスリで鉄の柱を切った。毎日何時間もかけた。わたしには苦しい労役だった。
●「手伝ってやるよ」いつになっても一本の柱を切り終わらないわたしにN君が声をかけてくれた。わたしは病弱だった。みんなのようにごしごしヤスリを動かすことが出来なかった。手は豆がつぶれて血だらけになっていた。それに耐えての動きだからなかなか作業はすすまなかった。「おれがきつてやるよ」うれれしかった。ヤスリはウソのように鉄にくいこんでいく。鉄くずがみるまにコンクリートの基石の上にたまっていく。鉄くずは太陽の光を浴びてきらきら光っていた。
●「よけいなことするな」不意に、担任教師の声が頭上でした。「じぶんの分担はじぶんでやれ」先生のおおふくビンタにわたしはよろけた。ころんで唇を切った。n君も殴られた。「ごめんな。ぼくのために」いまでもあの時の痛みは覚えている。そして鉄の匂い。ざらざらした鉄の感触。ほんとうにささいな日常の出来事なのだが、何にもまして、わたしの戦争の思い出となっている。
●それから間もなく空襲があつた。わたしの母校の区域だった。焼死した死体を見た。機銃掃射で登校の途中に死んだ先輩もいた。そういう時代があったのだ。今は平和でほら、青田風に吹かれて、みんなで野球を楽しんでいるじゃないか。しかし、わたしの心には、ヤスリと鉄格子と芋畑となった校庭がいまも鮮烈に残っている。そして、なによりも、暴力の時代を生きた悲しみが消えていない。
●暑い。わたしは、PCから離れて散歩に出た。すくすくと伸びてきた稲。青田風に吹かれて田園に出た。
●木造校舎。昔のままに残っている。母校、まで散歩した。コンクリートの塀の下部に犬くぐりがある。鉄の格子になっていた。犬くぐりと呼ばれていたかどうかも、定かではない。すべてはセピヤ色の記憶の中だ。
●今も鉄格子はない。赤く錆びた根が残っているだけだ。あそこの平らな見事な切り口。N君が切ったところだ。
●家庭にある鉄製品で不用なものは供出していた。誰が、学校の塀のこんな細い鉄の柱に目をつけたのだろう。長さ三十センチ、幅三センチにも満たない柱。切り取って集めたところで、たかがしれている。そんなことまでして、鉄を集めなければならなかった。鉄砲の弾をつくるために。
●わたしたちは、授業はそっちのけで、小さなヤスリでこの鉄の柱を切ることになった。集めた鉄は鉄砲の弾になる。一発でもおおくの弾をつくる。それが銃後のわたしたち小国民の義務だった。校庭は耕されて畑となっていた。サツマイモやジャガイモをつくっていた。食料がなかった。とくに集団疎開できていた児童は栄養失調になっていた。ふらふら歩くものもいた。かわいそうだった。でも、みんなで畑となった校庭の細いあぜ道を昇降口から正門の塀のところまで歩いた。「父よあなたは偉かった」と軍歌を歌いながら勇ましく行進した。「作業はじめ」という先生の掛け声とともに、小さなヤスリで鉄の柱を切った。毎日何時間もかけた。わたしには苦しい労役だった。
●「手伝ってやるよ」いつになっても一本の柱を切り終わらないわたしにN君が声をかけてくれた。わたしは病弱だった。みんなのようにごしごしヤスリを動かすことが出来なかった。手は豆がつぶれて血だらけになっていた。それに耐えての動きだからなかなか作業はすすまなかった。「おれがきつてやるよ」うれれしかった。ヤスリはウソのように鉄にくいこんでいく。鉄くずがみるまにコンクリートの基石の上にたまっていく。鉄くずは太陽の光を浴びてきらきら光っていた。
●「よけいなことするな」不意に、担任教師の声が頭上でした。「じぶんの分担はじぶんでやれ」先生のおおふくビンタにわたしはよろけた。ころんで唇を切った。n君も殴られた。「ごめんな。ぼくのために」いまでもあの時の痛みは覚えている。そして鉄の匂い。ざらざらした鉄の感触。ほんとうにささいな日常の出来事なのだが、何にもまして、わたしの戦争の思い出となっている。
●それから間もなく空襲があつた。わたしの母校の区域だった。焼死した死体を見た。機銃掃射で登校の途中に死んだ先輩もいた。そういう時代があったのだ。今は平和でほら、青田風に吹かれて、みんなで野球を楽しんでいるじゃないか。しかし、わたしの心には、ヤスリと鉄格子と芋畑となった校庭がいまも鮮烈に残っている。そして、なによりも、暴力の時代を生きた悲しみが消えていない。