田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

超短編 7 わたしもう死ぬから  麻屋与志夫

2012-09-20 17:16:20 | 超短編小説
7 わたしもう死ぬから

「わたし……もういきていられないから。死ぬから。武ちゃん。ご飯もってきてくれなくていいよ」
「だめだ。ヒロコちゃん。死ぬなんていわないでくれ。なんでももってくるから、食事はこんでくるから」
「もういいよ。わたし……死んだら猫になるから。野良猫みたら餌をあげてね」
広大な屋敷林をぬけ。
板塀の外にヒロコの家はあった。
栄養失調でヒロコは死んだ。
ありていにいえば、飢え死にだ。
とうじは戦時中だから餓死などという言葉は使えなかった。

むかし両親と住んでいた屋敷はそのままのこしておいた。
武は鬱蒼と茂る屋敷林をぬける。
ヒロコの家のあったあたりにでてみた。
懐かしかった。
板塀はとうに朽ち果てていた。
ヒロコの家と、武の家を隔てる境界は消えていた。
ヒロコの家のあとも土台とわずかかりの廃材がころがっているだけだった。
荒れ果てていた。
風景はかわってしまっていた。
だがこのあたりだけは住宅地になっていたので農地解放をまぬがれた。
田地田畑を政府にまきあげられ武の父は狂い死にした。
「これからは、文化国家だ。武。帝国大学へ進学するんだ」
父の遺言どおりT大にトップで合格した。
そのあとも順風満帆。
だが、結婚だけはしなかった。
このツキはヒロコがまもってくれているからだ。
ぼくがほかの女の人を愛したら、ヒロコが悲しむだろう。

ヒロコの家の狭い庭にポンプ井戸があった。
すっかり赤錆びていた。
取手をもってガチャンと水をくみあげた。
赤さび色の水がでたのにはおどろいた。
まだこのポンプは機能していたのだ。
ガチャガチ柄を動かした。
干からびて地割れしてしいた大地に水がしみ込んでいく。

女たちが炊事の準備をしていた井戸端の幻想。

白い幼い手が重なった。
干からびて枯れ木のようになった手にヒロコの手が重なった。

「いっしょに暮したかったな」
「わたしはズット、あれからズウット武ちゃんといっしょだったよ」

迷い猫が武の足にスリすりしている。

「これからも、ずっといっしょだからね」



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