田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

超短編38 タンポポのワタゲが見せてくれたもの

2013-06-29 11:23:52 | 超短編小説
38 タンポポのワタゲが見せてくれたもの

タンポポのワタゲだった。
少年ははじめそれがなんであるのかわからなかった。
いつもの通勤電車のなか。
その床だった。
通勤電車といっても、山手線などのラッシュを想像することはない。
ローカル線だから乗客もまばらだ。
床の上をミズスマシが泳いでいる。
気ままな動きがそう思わせたのかもしれない。
スウット、床をすべるように移動している。
かなりの数だ。
かなりの質量がある。
少年はじっと意識を集中した。
こっちへこい。
ぼくの足元によってこい。
ぼくに超能力があるのだったら……ワタゲが集まってくるはずだ。

「ツトムちゃん偉いわ。中卒で英検準一級なんてすごい」
車中でしりあった玲子がよくほめてくれた。
ふたりとも交通遺児という共通の話題からはじまった恋だった。
玲子はそれらしいそぶりをみせてくれなかった。
が、ツトムにとっては初恋だった。
「上京して開成を受験するはずだったから」
「そうなの。わたしなんかとちがうのね。わたしは遺児にならなくても、家が貧しいから進学はあきらめていたの」
「ごめん、じぶんのことばかりホラ吹いているようで」
「ううん。そんなことない。勉強がんばってつづけてね」

恋人らしい会話に発展するのにはまだ間があった。
ガールフレンド以上、恋人未満という関係だった。
いますこし、いますこしながく会えていたら。
まちがいなく、玲子の声が愛をささやいた。
「ツトムちゃんと、つきあってみようかな」
といってくれたはずだ。
ツトムは、そのつもりだった。
玲子はぼくの恋人だ。
と、ひとり決めていた。
毎日の通勤がたのしかった。

「これあげる。道端に咲いていたんだ」
花束ではなかった。
春の道端でタンポポを摘んできた。
それを隣にすわった玲子にわたした。

いまはタンポポはワタゲになって虚空に旅立っている。

そして、なんとしたことだ。この大量のワタゲは。
ツトムは現実にもどった。
ツトムは視線をかんじた。
あたたかな春の日のような視線だった。
はじめて通勤の日に玲子と出会ったあの春の日差しのような。
温かな視線を感じた。誰かに見られている。
ツトムは車内を見回した。

また、ワタゲが動き出した。
ツトムの前で人型になった。
むろん、立体的な3Dではない。
床の上で人型を形成した。
うそだ。
これはシュミラクラ現象だ。
3つ点があれば人の顔を想像できる。
あれだ。
でも、ツトムにはその形が玲子に見えた。
ぼくには超能力がある。
彼女の、玲子の顔を体を、ワタゲでつくりあげることができる。

「愛しいている。玲子。せめて一度でもデートしたかった。観覧車にのりたかった。そこで、愛していると告白するつもりだった。結婚して、ぼくとともに年をとろう。歳を重ねて、子どもをそだてていこう」
話したいことがいっぱいあったのに。
乗用車が踏切で電車につっこんだ。
衝突事故。
ぼくがあの電車にいつものように乗っていたら――。
ふたりで抱き合って死んでいけたのに――。

今日は玲子の初七日。
白い薔薇。
アイスバーク。
花言葉は初恋の花。
事故現場に供えようと買ってきた。
花弁を七つだけむしった。
ワタゲの上に一片おいた。「愛している。玲子」
また一片。「愛している」
さらにひとひら。「愛している」
さらにヒトヒラ。「愛している」

ぼくに超能力を神様、いまだけでもいいから授けて下さい。
そして七つの薔薇の花弁を並べ終えた時。
奇跡がおきた。
強い風が吹きこんできた。
薔薇の花弁とタンポポのワタゲがまざりあって立ち上がった。
玲子だ。
声まで聞こえてきた。

「わたしには毎朝の通勤がデートだった。好きよ。ツトム。愛しているなんてことばをいわなくても、愛していた。ことばなんか、お互いにいわなくても、わかっていたから……アイシテいる。ア イ シ テ いる」

ツトムは見た。
涙でかすんだ目で見た。
風にのってワタゲと花弁がまざりあって車窓から初夏の空にとんでいった。


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