田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

血塗られたアート  吸血鬼/浜辺の少女(2)

2008-06-20 15:37:01 | Weblog
6月20日 金曜日

隼人は、栃木大学の芸術科美術部。
そして、古流剣法、死可沼流の剣の達人だ。
その隼人がミステリースポットに興味を持った。
キーワードは吸血鬼。そして牙。
きょうこそ、その実体を見極めてやる。
コンクリートの壁をキャンバスとして市民に提供した。
そのアイデアが大ヒットした。
いまでは、500メートル。
200箇所近く、さまざまな絵がびっしりとつづいている。
道端美術館だ。
街の芸術展示通りだ。
吸血鬼の絵までの距離がとおい。
隼人は歩く。そろそろ見えてきていいはずだ。
そろそろトワイライトだ。
たぶんワンピースのつぎあたりにあったはずだ。
通学の電車から見ていた。
実際に歩いたのでは距離感にだいぶずれがある。
車窓からだと、あっあれが吸血鬼のペィンテングだな。
と視認したときには通過してしまう。
見えなくなってしまう。
剣の修行にあけくれている。
動態視力のすぐれた隼人だ。
その隼人にしても視認できない。
牙が伸びているかどうかは、わからない。
牙すら確認できない。
あまり、遠いのでうんざりしたところで、前方に人影が見えた。
夕霧のなかで人影はぼんやりとかすんでいる。
足音を殺して近寄る。
少し前屈みになってスプレーではなく、絵筆をふるっていた。
なんてことはない。男が絵筆をふるっている。
人目をはばかって、吸血鬼の犬歯をにょろっと描きたしていたのだ。
イタズラ好きな老人もいたものだ。
あの屈みかたからみて、年寄りだ。
「吸血鬼の牙を伸ばすなんて……街の人が怯えてますよ」
隼人は声をかけた。
老人がおどろかないように、さりげなく話しかけた。
「これが、白い絵の具に見えるかね」
嗄れた声。
かさかさとした声だ。
のどに啖でもからまっているような声がもどってきた。
やはり老人だ。
暇をもてあましている老人のイタズラだ。
愉快犯だ。
こっそりと吸血鬼の牙を伸ばす。
描き足していたのだ。
みんなをカツイデおもしろがっている。
テレビで取り上げられてさぞや満足していることだろう。
だが、いっていることがおかしい。
絵筆をふるいつづけている。
肩越しに注意して見る。
赤い絵の具。
唇に赤い色をそえている。
ベットリとした粘り気のある絵の具。
そのとき、吸血鬼の唇が動いたような気がした。
絵が動いた。
ザワッと唇が開いた。
ズルッと音までした。
絵が動いている。
「これが絵の具に見えるかね」




のびる牙  吸血鬼/浜辺の少女  第二部

2008-06-20 09:04:16 | Weblog
6月20日 金曜日



皐隼人は歩く。
蒼茫と霞む日光連山。
青い夕暮れが訪れようとしていた。
秋の野州路を隼人は歩いている。
絵のなかの吸血鬼の牙が伸びる。
そんなことが起こるのだろうか。
JR日光線を鹿沼の一駅手前『鶴田』で降りた。
道の両側にはコスモスの花が咲いている。
無粋なわけではないが、とても花など見ていられない。
野歩きを楽しんでいるわけではないのだ。
野歩きをエンジョイする気なら恋人の夏子を誘うはずだ。
絶えず一つのイメージが浮かんでいる。
牙。牙牙牙牙牙。牙というのが気になる。
富士重工のコンクリートの壁。
フエンスペインテングに描かれた吸血鬼。
吸血鬼の牙が毎夜、伸びているというのだ。
いまも伸びつづけているのだろうか?
宇都宮のミステリースポット。
11チャンネル。ローカル局である栃木テレビ。
で放映されていらい若者の間で有名になった。
廃墟マニアとか怪奇スポットの探検に熱狂する若者にはうれしい場所だ。
テレビで放映されると情報とイメージが一般化する。
人気のある場所となる。
隼人には吸血鬼の犬歯ということがひっかかっていた。
いまこそ確かめてやる。それで野歩きなのだ。
あるある。おびただしいかずの絵。
ピカチュウ。
ハンターxハンターのキャラクター。ポケモン。
千と千尋の神隠し。
古典的な銭湯のタイル絵のような富士山と松と雲。老人の作か。
一区画縦が2メートル。横が3メートル。
壁のキャンバスに、おもいおもいの絵がかかれていた。
暴走族のスプレーペインテングに悩まされた。
あげく。富士重工広報部で考えたことだった。
ラクガキスル。
したいの? したい……?
じゃ、どうぞ、どうぞ。
この壁面にストリート・アートをどうぞラクガキしてくださァい。
あなたは、町のアーティストです。
あなたは町のアーティスト。
ご遠慮なくどうぞ。
いかに消すか。と、アイデアをしぼっていたのに。
逆転の発想というやつだ。
ぼくだったら、夏子を描く。
浜辺の少女。夏子の立ち姿を描く。




あとがき(3) 日光 憾満ケ淵/お化け地蔵

2008-06-19 22:07:44 | Weblog
6月19日 木曜日
●あとがき(3) 
憾満ケ淵/お化け地蔵をお楽しみいただけたでしょうか。
栃木県がすこしでも世間に知られるようにと、わたしのほとんどの作品は栃木県が舞台となっています。

●吸血鬼/浜辺の少女(第二部)を近日中に連載しますが、あと一作くらい短編を載せることになるかもしれません。

●PCは素晴らしい発明だと感謝しています。
むかしでしたら文学賞に応募して落とされると、オクラ入り。
そのまま書斎に積んでおくだけ。
暗い想念に苛まれます。
ましてわたしのように懸賞文壇のハルウララを自称する物書きにとってはその原稿の山を見続けてきたので泣けてきます。

●それがブログに載せみなさんに読んでいただけるということは、望外のよろこびです。

●それにPCでわたしの名前で検索していただくとわかりますが、だいぶ古い話ですが商業誌に小説を書いていたことがわかります。
その……栄光があるので作品を書きつづけていけるのでしょう。
むかしの作品の載った雑誌がオークションにでているという情報をしることのできるのもPCがあればこそです。
その事実を励みとしています。

●これからも作品を書きつづけていきます。
よろしくご支援のほどねがいます。

憾満ケ淵/お化け地蔵 (小説) 麻屋与志夫

2008-06-19 05:20:17 | Weblog

                                  
6月19日 木曜日
                                
  鬱蒼と茂った杉木立の影になっていた。
 お化け地蔵は山裾にひっそりと並んでいる。青い苔が一面に生えた古仏は赤いヨダレかけをしていた。杉の梢越しに射しこむ秋の光が並んだ地蔵の膝のあたりにかろうじて照り映えていた。
あの頃とまったくかわっていなかった。思いでの憾満ヶ淵では、悠久の時間が流れていて、人の生きる時間などなにほどのこともなかった。
あの頃、東京オリンピックの時代といっていいかもしれない。沼尾潔はこのお化け地蔵をなんどか訪れていた。

「あかちゃんがうまれたら、赤いヨダレかけをこのいちばん端のお地蔵さんにかけるの」
「そういう風習があるんだ……」
「この土地にはないわ。わたしがはじめるの」
並び地蔵といわれるだけあって七十体くらいはあるのではないか。潔はそう思った。日光の老舗旅館の一人娘、安西玲子はお腹をさすりながら潔をみあげた。
「すくすくと育ようにと」
まだ、玲子はヨダレかけのことを話していた。

潔は妊娠の告知を玲子からうけて、それをどううけとめていいのか、わからないでいた。
東京をオリンピックの通訳としてたまたま訪れた日光。ホテルはすでに満室でことわられた。しかたなく、安西旅館に博報堂のカメラマンの佐々木、案内してきたNew York timesの記者と泊まることになった。そこで潔は運命の女に玲子と出会った。
日本の風呂の入りかたを説明しているとき、たまたま玲子がお茶を入れてくれていて、同席していた。当時としても古風な五右衛門風呂だった。日本のこの種の風呂は下から沸かすから、上は水、二段になっていることがある。下が熱くて上が冷たい。よくかきまぜる必要がある。二段になっている、という説明がおもしろかったらしい。
「お風呂が二階建になっているというような表現は、考えてもみなかった」
と、いたく玲子は感動した。それが玲子とのはじめての会話だった。
 佐々木もジョージも二社一寺、東照宮などの日光ではなく裏日光観光案内を潔に期待していた。
「それなら、お化け地蔵がいいわね」
 きらきらする目でみられて潔はとまどっていた。
「生きと帰りではいくら数え直しても数があわないのよ。それで、お化け地蔵というの」 
色白の古風な瓜実形の顔をしていた。かたちのいい唇は薄く紅をはいたようだった。長い髪をうしろでかるくまいてまとめていた。あの髪を解いたら腰のあたりまでくるのではないかと潔は思った。
 憾満ヶ淵の南岸にあるお化け地蔵は鄙びた野趣をたたえた坐像で、七十体ちかくひっそりと並んでいた。佐々木もジョージもひどくよろこんだ。勇む心を抑えるようにひっきりなしにシャッターをきっていた。大谷川の激しい川音がしていた。不動明王の真言の一節のように聞こえることから憾満ヶ淵と名づけられたとい川音だった。
潔はなにもすることがない。英文の日光案内で陽明門のことなどを読んでいた。
「すこし、散歩しません……」
誘ったのは玲子だった。すごくひかえめな声で、恥ずかしくてしょうがないのだが、思い切って……というような調子だった。
 大日堂まで歩いた。大谷川の川音が絶えずふたりの周りでしていた。
「わたしをだいてください」
 あまりに唐突な願いに潔はとまどった。まだ会ったばかりの玲子だった。しかし、運命の女にやっと出会うことができたと胸をときめかしていたのだから断ることはしなかつた。それどころか、いつきに情炎が燃え上がった。そのまま草むらのなかに倒れ込んだ。
「はじめてなの。はじめてなの。やさしくして」
 玲子はかすかにうめくようにうったえかけてきた。そして、まちがいなく処女だった。

 妊娠した。どんなことがあっても赤ちゃんを生むという手紙をもらったのは神宮の森の銀杏の葉がおちつくしたころだった。オリンピック競技場の熱気もうそのように冷えて行き、冬が訪れようとしていた。
 わたしはほんとうにうれしかった。父のきめたひとと結婚して、この宿を継ぐ。そうした定められた宿命に逆らってみたかつたのです。
あなたが、潔さんがわが家の玄関に入ってきたときわたしも運命を感じました。この人なら、わたしをここからつれだしてくれる。わたしの運命をかえてくれる。わたしはこの人とならいつ死んでもいい。
そんな思いで、必死であなたにおすがりしたのです。さぞやはすっぱな女と軽蔑なさったでしょうね。
でもいいのです。なんと思われても、わたしのおなかにはあなたの命が息づいています。

 あれから、44年もたっているのだ。潔はたまたま、インターネットで下野新聞を読んでいたところ、安西玲子の訃報を知ったのだった。『日光市稲荷町の老舗安西旅館の安西玲子(62)さんが亡くなりました。五右衛門風呂で有名な日本古来の旅館の風情を守りぬいた経営者としても有名でした』と記事は結んでいた。

潔は安西旅館の見える坂の下にたたずんでいた。旅館の大きな玄関は昔のままだった。ガラス戸の両側に黒い筆文字で安西旅館とある。なにもかわっていなかった。会葬することは憚られた。陰ながら野辺送りをするために東京からかけつけたのだった。香や線香のにおい。読経の寂しい声。黒い喪服の人。玄関前に設えた焼香の段飾りの周囲には別れの悲しみが漂っていた。潔は手を合わせて黙祷していると不意に声をかけられた。
「沼尾さんですか? 沼尾潔さんですよね。」
 潔はとまどいながらも、頷いていた。
「玲子の娘の玲奈です」
 と名乗った。
「母にはそういうところがありました。未来を見通すような力があったのだと思います。父が早く死んでからというもの、よくあなたのことを話していました。そんなに好きな人がいるなら、なぜ結婚しなかったの。いまからでも会いにいったらとずいぶんすすめました。あの人にはもうしわけないことをしてしまったから。いつも同じ返事がもどってきました」
 夫に死なれてから玲子は長くさびしい人生を一人娘とともに過ごしてきたのだった。どうして知らせてくれなかったのだ。どうしてわたしを頼ってくれなかったのだ。わたしはそれほど頼りがいのない薄情な男として玲子の記憶にあったのか。
「潔さんがきたら、これを渡してくださいな。そう言われて預かっていたものがあります」
 なにをいまさらわたしに託すというのだ。もう遅い。もう一度、もういちどだけでいい玲子と会いたかった。
「それはいまどこに……? なにを預かったのですか」
 潔は勢いづいてたずねた。玲子はわたしにさいごになにを手渡しかったのだろう。
「赤い、ヨダレかけです」
「それはいまどこに」
「わたしが、持ってきています。もし沼尾さんがあらわれなかったら、納棺のときに、母の胸にかけてやろうと思っていました」
「もうしわけありませんが、見せていただけますか」
 玲奈は一瞬ためらった。母との秘密を名前を確かめただけで、見ず知らずの男に打ち明けたのを後悔しているふうでもあった。ためらっている。探るような眼差しを潔にむけている。
「まちがいなく、沼尾潔さんでしょうね」
「お母さんは、右の胸のあたりに大きなほくろがありました」
 はっと、おどろいた風だった。疑った非礼を詫びながら玲奈は喪服の懐に手をさしいれた。懐紙につつんだ赤いヨダレかけをとりだした。
「わたしには、これがどういうことなのか、だいたいのことは見当がつきます」
 名残惜しそうに、それでも玲奈は潔に懐紙ごとそれを渡してよこした。

「玲子が家出した。おまえとしめしあわせての家出だろう」
 玲子の父親から青山の潔の下宿に電話がかかってきた。 
 玲子は憾満ヶ淵の霊廟閣にいた。
「朝からずっとここにいたの。死ぬ前にもういちどだけ潔さんにあいたいと仏様におねがいしていたの」
 玲子は潔にしがみついてきた。愛情をともなったものではなかつた。愛し合う男と女の抱擁ではなかった。なにか、もっとさしせまったものがあった。潔は家の娘をキズものにして、どうしてくれる。玲子の父親にののしられたことを思いおこしていた。
 玲子は潔がなぜ青山の下宿これほど早く、そしてここにきたのかも問わなかった。そんなことには、頓着ないようすだった。上目づかいに潔を見る目は焦点をむすんでいなかった。
「死んで。わたしといっしょに死んで」
 大谷川の激流に身をなげようとしている。男体山から噴出した溶岩を削る川音も高い流れだった。
潔は必死で玲子をだきとめた。玲子の体はこごえていた。死人のように冷たかった。
「冷静になるんだ。おちつけ玲子。それより、なにがあったのだ」
「流産してしまったの。赤ちゃんがもうわたしのおなかにいないの」
 そこではじめて潔は玲子の下腹部がひっそりとしているのに気づいた。家を出て、東京で所帯をもち、潔と子どもを育てることをあれほど楽しみにしていたのに。そのふたりの愛の証である胎児がいない。
赤ちゃんがいない。子どもとしての体をもつにいらないまま、消えてしまった。
「わたしもう生きていられない。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。死にたいの。わたしといっしょに死んで。死んで」
「おちつくんだ。死ぬことはいつでもできる。玲子が死にたいのなら心中してもいい。でも、悲しいことだが流産しただけで、玲子を死なすわけにはいかない。わたしたちには、まだこれから長い人生が用意されているのだ。それを精一杯生きていきたいとは思わないか」
 玲子はわたしのいうことに耳を傾けだした。
わたしは玲子の手をひいて岩伝いに憾満ヶ淵から離れた。川音が遠のいた。
「ねえ、このまま東京へつれていって。もう父のいる家に帰りたくない」
 どうしてあの時、玲子の願いを、かなえてやらなかったのだろうか。
玲子の父に、人でなしと罵られたことを、気にしていたのだろうか。
オリンピックも終わり、臨時の通訳としての仕事もなくなり途方にくれていた。潔は小説を書きだしていた。生活に自信がもてなくなっていた。いまのようにアルバイトをして、それだけでフリターとして、あるいは派遣としても生活がなりたつような時代ではなかった。
でもそんなことは、いいわけにすぎない。わたしが、臆病だったのだ。ふたりで、東京で同棲するだけの勇気がなかったのだ。
潔はあれからずっと悔やんできたが、もうどうすることもできない。人生の一過性が悔やまれて、恨めしくて、それでもどうしょうもない。過去をとりもどして、もういちどやりなおすことはできないのだ。
玲子は死んでしまった。生まれてきた場所も時も違うが、死ぬのは一緒だと誓い合っていたのに。
あの時、死んでしまっていたほうがよかったのかもしれない。死にたいという玲子をむりに説得して家に送り届けるようなことはしないほうがよかったのかもしれない。
そうすれば、この歳になって涙をこぼしながら憾満ヶ淵に歩みよらなくてすんだのだ。慈雲寺の山門が見えてきた。お化け地蔵はあの山門をくぐればすぐのはずだ。

 玲子から詫び状がとどいた。なにもあやまるようなことはなかったのに。詫びたいのは潔のほうだった。玲子をつれだすことができず、家に帰らせたことをいまでも悔やんでいる。
 ごめんなさいね。いつも、迷惑ばかりかけて、こんなわたしを許してください。
わたしは父のいうとおりこの旅館を継ぐことにしました。もう潔さんと会うこともないでしょう。
あなたとのことは、生涯でただいちどの恋、賭けでもありました。このひとなら、わたしをここからつれだしてくれる。約束された結婚そして宿屋の女将としての暮らしから解放してくれると思ったのです。
でもわたしはまちがつていました。ここでの生活を、家族と共に全うしたいと思います。わたしは、負けたのです。わたしは負けた。悲しいけれどなぜ反対できなかったのか、泣けてきます。流産ではなく、堕したのです。
ごめんなさい。未婚の母になることなど許さない。父の叱責と命令には逆らえませんでした。
さいごにもういちどごめんなさい。わたしはあなたに、潔さんほんとうにもうしわけないことをしてしまいました。

 潔はあれほど玲子がとりみだし、自殺までしようとした原因を知った。
 そういう時代だったのだ。家業を守ることが至上命令として成り立っていた。
シングルマザーなどという言葉がまだない時代だったのだ。まして地方ではまだまだ戦前の古風な考え方がまかりとおっている時代だったのだ。
潔は返事を書いた。
 わたしはいま小説家になろうとしています。作家になってみせます。そうすれば、どこにいても、玲子さんあなたにはわたしの所在がわかるくらいの作家になりたいと思います。そうしたら、ぜひもういちどだけでも、会ってください。会いにきてくれ。そうならなかったら、もう二度と会うことはないでしょう。あなたは、あなたの道をすすんでください。わたしはわたしの道をいきます。さようなら。
それが、玲子にとって、どんなにつらく、どんなに残酷なしうちか、わかいわたしは分らなかった。わたしは、ようやく、歩みだしたじぶんの道を行くのに夢中だったのだ。
 わたしは、玲子に再び会うことはなかった。でも、それから六年くらいたって、日光を再訪したことがあった。友だちの友だちに頼まれ東照宮を見たいとしいうアメリカからの観光客を案内したことがあった。わたしは、安西旅館と表示のみえる玄関を坂道の下に立って見上げていた。
「お母さん、はやくはやく」
 四歳くらいの女の子が、玄関から飛び出してきた。
「お母さんはやくうー」
 娘は急かせていた。わたしは玲子の娘だと思った。玲子の幸せそうな顔を想像してから、あわててその場を離れた。
 これでいい。これでよかったのだ。と潔はじぶんを納得させた。
 あの時の娘が、玲奈なのだろう。いま会ってきた玲子によく似た娘だった。
 あれでよかったのだろうか。                           
あれしかわたしたちの生きる道はなかったのだろうか。
わたしが玲子のもとに入り婿となるという選択肢だってあったはずだ。
わたしは、あれからずっと小説を書き続けている。賞を獲得するほどの実力もないまま、雑文を書き生きてきた。
 こんなことなら、旅館のおやじとして過ごしてもよかったのではないか。謝らなければならないのは、わたしのほうだ。山門をくぐった。潔は憾満ヶ淵に向ってとぼとぼと歩いていた。
 生まれてこなかったわしと玲子の子どもに会いたい。
あの世で三人で暮らしたい。小説家になりたいために犠牲にしてきたものの大きさを、潔は痛感していた。
 こんなことなら、玲子、あなたの言うことを聞いて憾満ヶ淵から大谷川に入水していればよかった。
そうすればなにもかも思うようにいかなかった過去を悔いて生きているあわれな老人にならないですんだのだ。
 潔は赤いヨダレかけをとりだした。手がふるえていた。よく見ると裏側に『強』と縫い取りがしてあった。玲子が生まれてくる子を男の子と期待してつけた名前なのだろう。潔はじぶんの名とみように語呂があっているような気がした。
 玲子が望んでいたようにいちばん手前のお化け地蔵の胸にそれをかけた。

あとがき(2)  吸血鬼/浜辺の少女(第一部)

2008-06-18 06:39:17 | Weblog
あとがき(2)吸血鬼/浜辺の少女(第一部)
●ブログを始めるとき匿名で書くこと。地名、町の具体的な名称、はあまりださないほうがいいといわた。それは固く守り続けた。

●吸血鬼/浜辺の少女を連載するにあたり心変わりした。まずじぶんのペンネームを名乗る。書かれた内容の責任を明らかにするためだ。そしてわたしの周囲の環境を実名でだす。むろんファンタジー小説だから現実のそれらの名前をだしたからといって、これは小説の世界のできごとなのだ。吸血鬼が存在する異界の物語なのである。

●でもことは安易にはいかなかった。「ほんとに鹿沼に鳥インフルエンザが流行るのですか」などという電話がかかってきたりする。

●「先生。鹿沼の町にもうヨーカドーはないよ」などと塾生にいわれたりする。わたしは鹿沼にもどっているときは「アサヤ塾」というささやかな学習塾の主宰者なのだ。カミサンが数学、わたしが国語、英語、社会科を教えている。都会の学生と比べてついつい「もっと勉強しろ」と、けしかけるのであまり評判はよかない。

●塾生の名前を登場人物として描いた。これは人気があった。子どもたちのすきなゲームの世界にじぶんが実名で登場し、活躍しているようなものだ。この物語が現在進行形なのだと思っていただくことに成功した。こうしたサービス――試みはこれからもやってみたい。

●そして知名度の低い栃木県の名声をあげる一助となるように地名などはこれからそのまま使っていきたい。過去の事件なども織り込みたい。でもこれは全部まとめて小説の世界の出来事で、事実とはちがうのですからよろしく。あくまでファンタジーの世界として、小説としてお楽しみください。

●出来るだけ早く二部を載せます。よろしく。


あとがき 吸血鬼/浜辺の少女(第一部完)

2008-06-17 15:16:05 | Weblog
吸血鬼/浜辺の少女 あとがき
6月17日 火曜日
 吸血鬼/浜辺の少女の第一部を書き終えた。62回。二月かかったことになる。ブログで小説の長編を書きだしたのは初めての経験だ。この話はまだまだつづく。ご期待ください。なお、他ブログ、「麻屋与志夫/小説」で、「吸血鬼ハンター美少女彩音」も目下連載中です。そちらもぜひお読みください。じつは一年前に「田舎住まい」というこのブログを書きだしたときには作家として再デビューということを簡単に考えていた。一年も努力すれば小説家としてカムバックできるだろう。そうはいかなかった。
 鳴かず、飛ばず。閑古鳥の棲家と化したようなわが書斎での生活に陽が当たるようにと古い友だちが手をさしのべてくれた。原稿をはじめてPCから送った。いや送り方がわからないのでパソコン教室の先生に送ってもらった。友だちの配慮は泣くほどうれしかった。わたしの力不足でかれには気苦労をかけっぱなしだ。申し訳なく思っている。
 そんなこんなで、これは長期戦になるな。へたするとこのままかも知れない。と弱気になった。
 そこで、ともかく書き上がっている作品や執筆中の作品をブログにのせることを思いついた。毎日訪問者や閲覧者がいるということは、すごい励みとなった。このまま、ブログに小説を書いている作家として朽ち果てるかもしれない。そうなる確率が非常に高い。それでも仕方ないのかな。でも、全力投球の剛速球でがんばりますのでみなさん、とくにいコメントをよせてくださったあなた、今後ともよろしくご愛読のほどおねがいします。



第一部完結 吸血鬼/浜辺の少女   麻屋与志夫

2008-06-17 07:34:23 | Weblog
6月17日 火曜日
吸血鬼/浜辺の少女 62 (小説)
夏子は鹿人のように窓から外に出る。
まさか蝙蝠に変身する気ではないよな。
と隼人はあわてて考える。警備員の松本がいる。
夏子に声をかけるわけにはいかない。
夏子の姿は窓の外に消えた。
なにかが壁を伝わって屋上へ上っていく。
隼人はエレベーターに駆けこむ。
隼人は懸命に不吉な予感を抑え込む。
「まだ後があるからな。まだ勝負はきまっていない」
鹿人の川へ転落まぎわの悪意にみちたメッセージ。
夏子はあのステゼリフからなにかを察知した。
それでこそ、窓から外に出た。それでこそ変身してでも屋上に急いだ。
「ここよ。隼人。ここ」
屋上に駆けつけた隼人に夏子が叫ぶ。
屋上――はじめて夏子と隼人でRFの鬼島や田村と戦った場所だ。
夏子は給水塔の影にいた。
屋上でも人目につきにくい所に、鶏小屋があった。
金網の囲いの中で鶏が死んでいた。
その奥は鉄の扉があった。
扉の向こうは闇。
闇の中からいままさに蝙蝠が夜の空に飛び立とうとしていた。
扉の脇にはRFが倒れていた。ジュワっと溶けている。
「はやく、隼人。わたしが飛びこんだら扉を閉めるのよ」
鹿人の悪意に満ちたステゼリフ。隼人は不吉な予感に戦慄する。
「外から鍵をかけて。鳥インフェルエンザの保菌蝙蝠がいる」
夏子の声が直接隼人の頭にひびいてくる。
予感は現実となった。最悪の形で。邪悪な形で。
「バイオテロじゃないか」
隼人は扉の中の夏子に呼びかける。
応えはない。夏子が蝙蝠に訴えかけている。
説得しているようすが隼人の脳裏に浮かぶ。
「このまま夜の闇に飛び立つことは止めて。おねがい。そんなことをすれば、鹿沼だけではない。宇都宮も全滅する。おねがい、この闇の中でおとなしくしていて」
扉の内部では無数の蝙蝠のギイギイという鳴き声がしている。
夏子が必死で蝙蝠を説得しているようすが、隼人の脳裏に伝わってくる。
「隼人、わたしが飛びだしたら、すぐに扉をまた閉めて。急いで」
扉を閉鎖したときには、数匹の蝙蝠が夜空に飛び立ってしまった。
「隼人、逃げよう」
ふたりは、ダッと走りだす。
背後の扉の内部でくぐもった音がひびく。
ふたりは、コンクリートの床にふせた。
「神父のダイナマイト使ったの」
月明かりを受けて蝙蝠が不吉な飛翔をづけふたりの視野からきえていった。
「しかたないわね」
「あの蝙蝠がニワトリに菌をうつしたらどうなる」
「もうまにあわない」
鶏に発生した鳥インフェルエンザが人に感染したら?
爆発音は意外と低かった。だれも気づかないようだ。この小屋の蝙蝠を全滅させたことで満足はできなかった。
「とんでもないことをしていたのね。母が不安を感じていたのはこのことだった」
夏子は無念の形相で蝙蝠の飛び去った方角をにらんでいた。
鹿人が襲撃に使った部屋にもどる。
「ああ、もどってきました。この人たちが狙撃を阻止してくれたのです」
と、松本がいった。
「どこへいってたのですか」
とてもいままでのことを説明しても信じてもらえない。
松本が困惑しているところへふたりが現れたのだ。
吸血鬼がいるなんてことをだいの大人が信じてくれるだろうか。
ことの経緯をどう説明したらいいのか。こんどは、隼人が困惑した。
事件現場に初めから関与した。目撃もした。その松本でも信じられないのだ。
「いわぬが花」
夏子が澄ました顔で他の人には聞き取れないようにいう。
じかに脳裏にひびいてくる声だ。
路上で車が上げる炎が窓を赤く染めている。
黒煙がもうもうと部屋に充満する。
警官が窓からつきでていた銃を撤収する。
あわただしく窓をしめる。
すべてを記録していた鑑識がカシャリ。
「失礼。お手柄でしたね」
部屋は警官でごったかえしている。
煙の中で、松本の記憶が薄らいでいく。曖昧模糊となっていく。夏子がそうしむけているのだ。
総理は無事だった。銃弾は先導していた車にあたった。
運転していたSPの胸を貫通した銃弾。
もしそれが、総理にあたっていたら。
先導車が炎上している。黒煙が夜空に立ち上っている。
あの夜空に蝙蝠が飛んでいる。
人はいつも危険と紙一重のところに住んでいる。
隼人はそんなことを思っている。
やっと救急車のサイレンが近寄ってくる。
燃え上がる車の炎が赤い。
警察車のランプが赤い。消防車の車体が赤い。救急車のランプが赤い。
夏子が、シーっと唇に指をそえている。あまりしゃべるなと松本を見ている。
あの目も、唇も赤かった。
黒髪がするすると伸びてなにかを捕えていた。
まるで、あの娘吸血鬼のようだった。
この美しい娘が、吸血鬼であるはずがない。
目が赤く光っていた。
どうして娘の目が赤く見えたのだ。
いまみれば唇はいまどきの娘にはめずらしく自然な色だ。
それを、なぜ真紅と見誤ったのだ。
松本は夏子の美しい顔をみつめている。娘の顔が揺らぐ。
「シィ……」
と唇に指をあてて夏子がほほ笑んでいる。


吸血鬼/浜辺の少女   間もなく完結

2008-06-10 22:55:49 | Weblog
6月10日 火曜日
吸血鬼/浜辺の少女 61 (小説)
このとき部屋を揺るがす鈍い振動が伝わってきた。
普通の人では感じないような揺れだった。大谷の方角だ。
神父だ。神父がやったのだ。
松本が鹿人に体ごとぶちあたる。
よろける鹿人に夏子が叫ぶ。
「テロは許さない。たとえ、兄さんでも死んでもらいます」
目の前で田村が溶解したのを見ている。RFではない真正吸血鬼であっても……溶けるかもしれない。恐怖が叫び声となる。
「やめろ!! ラミア」
夏子の髪が伸びる。青白く光りながら髪が伸びる。
「ヤメロ!!!」
鹿人が消える。一匹の蝙蝠がそこにはいた。
蝙蝠に変身した鹿人が窓から飛び出す。
そとには逃げずに壁を這い上っている。
なにかおかしい。テロには完全に失敗している。
いまさらなにをあせっているのだ。
街の騒音は高鳴っている。怒号も飛び交っている。
でも首相は無事だろう。騒音の感じで夏子と隼人にはわかる。
ぴんと伸びた夏子の髪はぎりぎりまで伸びた。
鹿人の変形した蝙蝠は鉤爪をたてて壁を登りつづける。
この期におよんで、まだ屋上へむかっている。
なにかおかしい。ぴんとのびた髪は蝙蝠を捕えたままだ。
夏子が窓際まで走り寄る。
スパークが髪の先端まで煌めく。
髪の毛がひかれる。もうこれ以上のびない。限界だ。
スパークを浴びて蝙蝠が一瞬、鹿人の人型にもどる。
壁面から剥がされて鹿人は落ちる。
ギャッという悲鳴が川面でする。鹿人は流におちた。
夏子も隼人もこのとき鹿人の脳波を読んだ。
吸血鬼は、流れる水に弱い。
鹿人は恐怖のあまり秘めていたことを露呈させた。
鹿人がどうなったか確かめている余裕はない。
たいへんなことを読み取ってしまった。
ハッとした表情が夏子に浮かぶ。
「鹿人の心の声。聞いたよね」
夏子が隼人に確かめる。
夏子は動揺している。
いま聞いた鹿人の内なる声が信じられない。
「隼人、屋上へ急ぎましょう」
「まだなにかあるのですか」
松本が背後で必死に呼びかけている。応えていられない。
「屋上よ。屋上。隼人きて、急いで」


吸血鬼/浜辺の少女

2008-06-08 20:16:41 | Weblog
6月8日 日曜日
吸血鬼/浜辺の少女 60 (小説)
田村は絶叫する。
床に崩れる。
傷口の腕からは肉の溶ける臭いがする。煙がでている。
もう一人いた鬼島似のRFがライフルに飛びつく。
「させるか」
隼人は手裏剣を取り出そうとする。
間に合わない。
鬼島2は標的に狙いを定める。
銃口からフラッシュ。
マズルフラッシュ。
閃光が煌めく。
隼人は銃声をきいた。
夏子の耳に銃声がひびいた。
松本は銃声に圧倒された。
まにあわなかった。
と、隼人、夏子、松本が同時に同じように感じた。
外で急ブレーキのむ音。
車のスキッド音がした。
激突音。
不吉な音が窓のそとで起きた。
夏子が宙を飛んで鬼島2とび蹴りをかます。
「撃て、撃ちまくれ。総理を撃て」
松本が鹿人に投げ飛ばされた。
鹿人が絶叫している。
窓から身をのりだして外を見ている。
まだ、間に合う。
まだ、総理には銃弾はヒットしていない。
ふっとんだ鬼島2にかわって田村が溶けていく腕で銃架ににじりよる。
立ち上がる。田村に迫る夏子と隼人を鹿人が邪魔する。
田村が銃身にしがみつく。
銃床が動いている。
微調整している。
夏子も隼人も近寄れない。
鹿人が妨害している。
夏子の髪が伸びる。
夏子の髪が田村の首を締める。
バチッと青白い光り。
スパークが田村の首回りで発光する。
田村は蒼白となる。精気がぬけていく。
倒れる。形が崩れ溶けていく。一瞬で灰となる。


吸血鬼/浜辺の少女

2008-06-07 21:22:57 | Weblog
6月7日 土曜日 
吸血鬼/浜辺の少女 59 (小説)
とげとげしい声だ。
夏子を羨望の眼差しで見ている。
その部屋に泊まりたいというと、ふさがっています、そっけない。
フロントの上のテレビでは、総理の一行が鹿沼インターを下りて、市街地に向かっていると報じている。一刻に猶予もない。
「その部屋のキーをだしなさい」
と夏子が厳しい声でいった。
ガードマンが血相変えて走ってきた。
フロントが隠しボタンを押したのだ。
「これは、隼人さん」
警察官の現役のころ皐道場に通ってきていた松本だった。
「そんなことが」
松本が絶句した。
さすがに、隼人が伝えた情報への反応はすばやかった。
キーをフロントの女の子から松本がひったくる。三人はエレベーターに乗り込む。
ちらりと隼人はテレビをみた。
総理の車が、鹿沼駅前の道路を左折して、府中橋への直線道路を進んでいた。
そのまま進めば、間もなく府中橋だ。
橋を渡りきれば十字路。
右折すれば川上澄生美術館。
左折すれば福田屋デパート。
その十字路の箇所だけ歓迎の人垣が途切れているはずだ。
見晴らしが利く。
そこをスナイパーは狙う。まちがいない。
距離にして30メートルくらいだ。
松本が鍵穴にキーをさしこんだ。あかない。
「あの娘、またキーをまちがえた」
フロントにもどったのではタイムアップだ。
「夏子たちを見失っただと。それはどういうことなのだ」
夏子にも隼人にも鹿人の声が頭に直にひびいてくる。松本には聞こえていない。
三人は「ソレツ」と掛け声かけでドアに体当たりする。
「こういうことよ。鹿人」
驚く鹿人に松本が警棒を叩きつけた。なんなくかわされてしまう。
鹿人の吸血鬼移動は敏速だ。コマ落しの映画を見ているようだ。
隼人は橋に面した窓からアサルトライフルがつきだしているのを見た。
銃身は黒く塗られている。
田村がスナイパーだ。隼人は皐手裏剣をなげた。
照準をつけていた田村の腕に手裏剣がつきたった。
ジュっと肉が溶けている。