田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

九牙/吸血鬼ハンター美少女彩音 麻屋与志夫

2008-08-19 07:40:09 | Weblog
72

「バリアはいつまでもちますか」
「ながくて12時間だろう。それがすぎたら黒川の向こう岸、東地区だけではない。この舟形盆地全体がコウモリインフルエンザと杉花粉を含んだ黒い霧におおわれてしまうはずだ。一刻もはやく街を脱出したほうがいい」
「おとうさん、なんとかおとうさんたちの組織の力でならないの。……鹿沼の守護師として生きてきたのに。吸血鬼ハンターとして鹿沼で生きていきたいのに。彩音はいやだよ。わたし逃げたくない。友だちがおおぜいいるのよ」
「もう手遅れだろう。家がこちら側にある生徒だけしか助からない」
「慶子、おかあさん、呼ぶといいよ」
 彩音が慶子にいう。
「鹿沼をでるしかないわね」
「おかあさんまで。病院まで危険なの。消毒を徹底している病院まで危険なの。……そんなこといわないで」
「汚染されていな人とがどれくらい残っているか、わからないのよ」
「文葉のいうとおりだ。ここは鹿沼をでるしかないだろう」
「なにが鹿沼の守護師よ。わたしじぶんがはずかしいよ。麻屋先生なんとかならないの」
「個々の戦いなら負けはしない。だが敵はウエルスだ」
「ヘリで閃光弾をうちこんだらどうかしら。上空から火炎放射器をあの黒い霧にあびせてみたら」
「街も焼けてしまう。吸血鬼に支配されても全員死ぬわけではない。ほとんどの人はいままでどおり生きつづけていける。いままでと何の変わりもない生活を。ウエルスにおかされていることも知らずに生きつづけていくだろう」
 源一郎が悲痛な顔でいう。

「封印を逆に解いてみるか。どうして、それに気づかなかったのだ。玉藻さまはなかば覚醒している。再臨の準備はほとんどととのっているはずだ。みずからを封印した千年は経過している。わたしの力で(フオース)なんとか玉藻さまを召喚してみよう」
 麻屋が決然といいはなった。

 一同が稽古場に集まった。
「日あげ」が済んで帰り支度をしていた鹿沼流一門の女たちが全員文葉と彩音を中心に序の舞『鹿入り巡礼』を舞いだした。
 巡礼の姿は、可奴麻に逃げてきた玉藻の前を模したものであったのだろう。
 みずからを封印し、千年の眠りにつくために、この鹿沼の原野を尾裂山にむかって雪の中をさまよっていたのだ。
 床が微動する。
 麻屋が封印の呪文を逆に朗々と謡いあげている。
 微動がはげしくなる。
 床が地下から光りだした。
 光は黄金色の噴水となってわきあがった。
 昨夜のように、玉藻が現れた。
「わたしを呼んでいたのはあなたたちですか」
 光が川端家のすみずみまでいきわたった。
「呼び起こされるとは思わなかった。まだねていたかったのに」
 少女のようないたずらっぽい笑い。
 これが千年を閲した伝説の九牙の技を使う巫女、玉藻の前なのか。

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怨念/吸血鬼ハンター美少女彩音  麻屋与志夫

2008-08-18 07:32:55 | Weblog
71

「純平さんや澄江さんの好意に甘えてはいけなかったのよ。この鹿沼はわたしたちで守らなければ。そうでしょう……おじいちゃん」
「はじめて、おじいちゃんと呼んでくれたな。彩音だがな、そういう考え方をわたしもいままでしてきたし、教えてきたが、この街に命をかけて守るべきものがあるのか。くやしいけれども、吸血鬼につけいれられるだけのわけがいまになってわかってきた。玉藻さまが朝廷の軍に追われて頼ってきたこの可奴麻の犬飼村の人たちがなにをした。頼られればそれだけの繋がりがあったのだからその信頼に応えるのが仁義だろうが。その犬飼の人たちがなにをした。かれらは人狼だった。心も体も血吸鬼だ」
「あまり犬飼のひとたちを責めないで。彩音のお友達もおおぜいいるのよ」
「悪い。ごめんよ、彩音。いまの犬飼の人たちはあのころの人ではない。旧犬飼の人たちはモロ山の大洞窟で生きながらえているのだろう」
「そうよ。そうよ。オオカミ筋の人たちはみんな排除されたって鹿沼の語り部文美オバアチャンがいっていた。だからいまの犬飼とは無関係よ」
「女たちがかれらの子どもをうんだ。みんな犯されてしまった。敵の子を生んで、育てて、母親になっても都にもどることを夢みていたにちがいない。玉藻さまが蘇ればこの街が滅びる。玉藻さまには古い怨念だけが存在しているだろうからな。人狼との交配種である人狼吸血鬼と玉藻さまの呪怨が衝突すれば、どうみてもわたしたちの生きる術は考えられない。わたしも源一郎や文葉さんたちとこの街から出よう。もつと早くそうするべきだったのだ。塾だって、東から進出してきた大型の予備校に滅ぼされる寸前だからな。いままで鹿沼のみんなと仲良く勉強してこられたのに残念だ。だが、時代がかわつた。それともこの鹿沼に残って滅びの道を選ぶか? どうする彩音」
 麻屋にはまだこの期に臨んで迷いがある。

 文美の葬儀をすませた。
 葬儀がすんだからみんなまた離れていく。
 彩音たちは、花束を黒川に流しにきていた。空が暗くなった。ただの黒雲ではない。ウイルスを含んだ雲だ。文音の好きなルネ・マグリットの絵のような澄んだ青空はもう見られない。
 コウモリインフルエンザが猖獗し、学校の皆も赤目が消えないだろう。
 吸血鬼に直接噛まれなくてもウイルスの侵攻で皆が疑似吸血鬼症に罹っている。

 赤い目をして、鼻水をたらして苦しむことからは逃げられない。
 文美の葬儀がおわって、平凡な田舎街の学校に生活が待っているはずだったのに。
 わたしは両親と東京に、あるいは世界中まわってヴァンパイアとたたかう道をえらぶには、はやすぎる。
 そして、祖先が命懸けで守ってきた鹿沼をアイッラにわたすことはできない。
 北犬飼地区にも仲良しの友だちが大勢いるのだ。鹿沼にも文美ばあちゃんの、鹿沼流のお弟子さんがおおぜいいるのだ。
 守護師としてのバァンパイアハンターとしての誇りが文音のこころに芽生えていた。
「やっぱ、わたしは、鹿沼にのこって先生とたたかうよ。先生とともにアイツラと戦うよ」
「だめだ、それだけは許せない、文葉や源一郎とこの街を出なさい」
「それじゃ、おじいちゃんいまいったこととちがうじゃない。出るの残るの」
 麻屋の言葉がいつになく厳しい。
 彩音にはそれがうれしかった。
 先生であって祖父だ。
 家にもどれば母と父がいる。
 その家でも異変に気づいていた。
「おかえり彩音。ぶじだったのね。いま迎えにでようとしていたの」
「みる間に空が暗くなったからな」
 と父の源一郎。

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逆襲/吸血鬼ハンター美少女彩音  麻屋与志夫

2008-08-15 10:30:35 | Weblog
70

 解体業者の人夫が恐怖のあまり手放したホース。
 河原の小石の上で蛇のようにのたうっている。
 白骨が飛び散り。
 わあわあわあと叫び声を上げている。
 白骨は人柱ではないだろう。
 とっさに人柱と叫んだがもっと古い。
 吸血鬼の犠牲になったものたちの骨だろう。
 川の流れを真っ赤に染めたというひとびとの骨だろう。
 だいいち明治の御世まで人柱の風習があったという話はきいていない。
 人夫は腰を抜かしている。
 恐怖のはげしさから動けない。
 白骨の山からは、どす黒い邪悪な霊的パワーが噴出した。
 橋の取り壊しにあって何百年も閉じ込められていた怨念のパワーが解放されてしまったのだ。
 虚空に吹きあがった凶念が空を暗くした。
 次元の裂け目が広がり、ああ純平と澄江の霊とともに消えていたコウモリが逆流してきたではないか。
 
 どこかで、稲本の冷笑がひびいている。
 
 逆流してきたコウモリはいぜんにもまして大群となって空を黒くおおってしまった。
 パタパタという邪悪な羽ばたきがする。
 空を飛ぶ唯一の哺乳類。
 コウモリ。
 血を吸うモノの変形の姿。
 作業員は黒い蜂球のようにコウモリにし吸い付かれてしまった。
 コウモリの塊のなかで作業員の断末魔の声がひびく。
 麻屋が消災吉祥陀羅尼をとなえだした。
 川のこちら側、街の西地区にバリアをはる。
 それしか手はない。
 長く高い霊的障壁をはって邪気をまきちらすコウモリの飛翔を阻む。
 とっさに麻屋が考えたのはそのことだった。
 河原ではコウモリが勝ち誇るように、ふたたび空にまいあがる。
 つぎなる生け贄をさがすレギオンだ。
 作業員は瞬く間に血を吸い尽くされた。
 干からびたミイラとなってしまった。
 コウモリには怨霊がのりうつった。
 攻撃的になっている。
 ノウマクサンマンダバァサルダボオタナンアバラテイ。
 神田との戦いの疲れ、通夜の不眠。
 思うように念が凝集しない。思わずよろけた。
「先生」
「バリヤははった」
 壊された橋の上空から飛び込んでくるコウモリの大群は余韻くすぶる東地区の方角に飛んでいく。
 河原にはだがまだかなりのコウモリが重なり合って飛んでいる。
 西岸に飛翔したコウモリは麻屋の念の壁にはばまれる。
 侵入してこられない。
 壁は透明だ。
 コウモリの顔がゆがむのがみえる。
 コウモリはこちらに侵入できない。
 何匹かはふるえながら、地面におちた。
 鹿沼の空が、もとの青さをとりもどしていたのに、いまは以前にもまして暗い。
 昼なのに、暗い。
 ほんのひとときの平和だった。
 
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人柱/吸血鬼ハンター美少女彩音

2008-08-14 21:16:57 | Weblog
69

 慶子に稲本というあらたな吸血鬼があらわれたことはまだ告げていない。
 純平と澄江。
 ふたりはそのまま虚空に消えていく。
「慶子。見える」
「見える。見えるよ。やっとふたりは一緒になれたのね」

「百年の恋か」
 麻屋は一歩前にでた。

「さようなら澄江さん」
「さようなら純平さん」
「純平くんと澄江さんが、ふたりが、仮性吸血鬼の悪霊をつれさってくれたのだ」
「でも、まだほんものの吸血鬼がのこっているわ。わたしたちにも見ることができないかもしれない吸血鬼があちこちの街に、残っているのよ」
「闘いはこれからだ」
 麻屋がしんみりという。

 幽霊橋も消えていく。
解体業者が作業にとりかかっていた。
 いままさに、幸橋を解体するための巨大なパワー・ボールが橋脚に一撃をあたえた。
 パワー・シャベルの鉄の爪が基礎をかためているコンクリートにくい込む。
 コンクリート粉砕機が激しく唸っている。
 橋が断末魔の悲鳴をあげている。
 建造には、かなりの月日がかかったことだろう。
 破壊は一日ですむはずだ。
 建築にはよろこびと期待があった。
 解体作業には悲しみだけが残る。
 もうもうと埃がたつ。
 その埃が立ち、空気を汚すのを防ぐためにホースで水が掛けられている。
 ぱっと広がった水の柱の先に虹が出ている。
 だが、みんなはそれが希望の虹でないことをしっている。
「古い鹿沼がこれでまたひとつなくなる」
 麻屋がつぶやく。
 このときだ。
 解体現場で音が途絶えた。
 シャベルの鉄の爪が。
パワーボールが。
粉砕機がとまった。
「なにか、あったのよ」

 彩音が走りだす。
 砕かれたコンクリートの橋柱の根元からなにか出た。
夥しい白いモノ。
 白骨だ。
「人柱だ」
 麻屋が呻いた。

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裂け目/吸血鬼ハンター美少女彩音

2008-08-14 09:35:59 | Weblog
68

 あまりの環境の激変に彩音はパニクっている。

 親戚縁者。一門の者。みんなとそろっている。
 文美が『朽ち木』で神田を倒した黒川の河川敷にきていた。
 彩音が流した花束が流れていく。
 川面を流れていく花束。
 
 おばあゃんへのおもいがこめられている。
 おばあちゃんが朽ち木を舞いながら去っていく。
 おばあちゃんがほほえんでいる。
 お祖母ちゃん、さようなら。
 さようなら。
 
 わたし、この鹿沼を守るからね。
 吸血鬼が怖くて、みんな怯えている。
 わたしは負けないから。
 わたしは鹿沼の守護師。
 どんなことがあっても、鹿沼を吸血鬼から守りぬく。
 この美しい鹿沼を守ってみせる。
 わたしは、鹿沼の守護師。吸血鬼ハンター。
 
 吸血鬼を倒せる女。
 どなんことがあっても、鹿沼を吸血鬼の攻撃から守りぬく。
 この美しい鹿沼を守りぬいてみせる。
 文美祖母ちゃんの遺志をついで戦うから。
 いつまでも彩音のこと見守っていてね。
 
 涙がとまらない。
 
 お母さんとお父さんが帰ってきたのだって文美おばあちゃんがそうしてくれたのだ。
 おばあちゃんが両親を呼びよせてくれたのだ。
 
 黒川の流れに花束が揺れている。
 
 国産繊維の東工場から黒川に流れこむ川がある。
 その水門が開かれているので川面が渦をまいている。
 花束もその流れにのって渦巻いている。
 文美おばあちゃんが名残を惜しんでいる……。
 さらにさらに文音は悲しくなる。
「あっあれみて。彩音」
「なにが見えるのよ、慶子」
 幸橋の上の虚空で暗雲がうすれた。
 橋の上空に純平と澄江が手をつないでのぼっていく。
 洞窟からコウモリが現れた。
 彩音、慶子、麻屋をしつっこく追いまわしたコウモリの群れは純平と澄江に吸い こまれていく。

「あそこに、時の裂け目があるんだわ。異界との境界も」

「あの裂け目が閉じればすべて解決するの? もう、吸血鬼は入ってこられないの? だといいね。彩音」

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荼毘/吸血鬼ハンター美少女彩音 麻屋与志夫

2008-08-14 00:21:26 | Weblog
67

「彩音を超A級の敵のいる鹿沼においておけないわ」
「それでなくても、苦労をかけっぱなしだ。しかし、よくきたえてくれたものだ」
 父、川端源一郎がバアチャンの棺に尊敬のまなざしをむける。
 ふいに現れた両親。
 彩音は嬉しくて涙ぐむ。
 期せずして家族会議になっていた。
「お父さんも、お母さんもわたしたちと東京にいきましょう。こんどVセクションの日本支部ができたの。わたしたちが、源一郎がチーフなの。みんなで、いっしょに住めるわ」
「美智子はたのむ。東京へ連れていってくれ。わたしは鹿沼に残る。お父さんはどうしますか」
「わしは、もう年だ。それに日光の山奥だ、ヤツラも手出しはすまい」
「わたしも鹿沼に残る」
 とくりかえして麻屋がいう。
「彩音や文葉の世話をしてやってくれ」
 と妻に毅然とした顔を向ける。
「あなたも……」
「わたしはながいことこの鹿沼のひとたちの世話になった。塾の教え子も大勢いる。鹿沼と運命をともにする覚悟だ」
 鹿沼に残り人狼との交配種であるこの鹿沼特産? の人狼吸血鬼や稲本たち外来種と一戦交える覚悟だ。
 それが麻屋のだした結論だ。

     18

 文美の葬式をすませた午後。
 鹿沼中学の方角に古材をもやす煙りが見える。
 黒いもやもやとした煙が黒川の東岸をおおっている。
 巨大な爬虫類の鮫肌のように重なりあって渦をまいている。
 コウモリインフェルエンザがまだ蔓延していることには変わりはない。
 川の向こう側で、東地区で進行中のこの病気にたいして、ほかの地区のものはお どろくほど関心がない。
 猖獗をきわめる悪疫にまったく興味を示さない市民がいる。
 情報管理をされている。
 そとの世界にこころを開いていない。
 耳をすませば対岸の恐怖のざわめきがつたわってくるはずなのに。
 コウモリの糞のまじった異臭が鼻をつくはずなのに。
 じぶんたちの身に災禍がふりかかってくるまでそしらぬ顔で過ごしている。
 通夜がすみ、文美を荼毘にふした。
 焼き場の煙突から立ち上ぼった淡い煙。
 校庭から立ち上ぼる黒い煙。
 悲しみの淡い煙と悪意をふくんだ黒い煙。
 二つのけむりが彩音のこころで渦巻いている。
 こころを清々しくする煙と邪悪なものをふくんだ煙を重ね合わせて、彩音は涙ぐんだ。
 わたしって、こんなにお涙系だったの。
 涙をこぼしてばかりいる>

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玉藻/吸血鬼ハンター美少女彩音 麻屋与志夫

2008-08-13 15:21:32 | Weblog
66

 廊下に通夜の客が並んでいた。
 拍手でふたりを迎えてくれた。
「文葉さん、お帰りなさい」
 美智子先生が彩音のとなりの女性にやさしく声を掛けた。
「義母さんごぶさたしています」
「彩音。お父さんだ」
 麻屋先生のそばに拳銃を持った男のひとが立っていた。
「わたしの不肖の倅、源一郎だ」
 彩音はすべてを悟った。
 うれしかった。
 わたしはずっと父方の祖父母と文美オバァチャンに守られていたのだ。
 涙が頬を伝った。
 とめどもなくながれ落ちた。
 文葉と彩音は練習場の引き戸を開けた。
 左手を取手に、右手をその下のほうに添えて優雅に開ける。
 すでにして鹿沼流の舞がはじまっている。
「母への追悼をこめて四段『散華』を舞いましょう。彩音わたしと舞ってくれるわね」
 彩音はまた涙をこぼしてしまった。
 わたしはこんな泣き虫だったの。
 でも、これってうれし涙よ。

「仏となった母への供養かを兼ねて、ふたりで『散華』を舞わせてもらいます。わたしはやっとこの四段までしか習得できず逃げ出した不出来な娘でした。でも彩音が『朽ち木』を伝授され流派が途絶えずにすみました。母、文美への追悼。『散華』……」

 稽古場に集まった一門のひとたちか一斉に謡だした。
 『散華』は舞踊というより能にちかかった。
 まだ能とか舞踊とか別れるまえの素朴な所作がふくまれていた。

 可奴麻の里に華と散る。
 可奴麻の里に華と散る。
 蓮のはなびら撒き散らし。
 可奴麻の里を極楽浄土とするぞ嬉しき。
 するぞ嬉しき……
 日光は赤沢からかけつけた赤垣老夫妻が謡っている。
 ひい孫、彩音。娘の美智子の息子の嫁、文葉の舞に涙ぐむ。
 机司が彩音の美しさにうっとりと見入っている。
 麻屋が息子源一郎と謡っている。
 朗々とした謡に、このとき、謡曲ならざる高い顫音が混ざりこんできた。
 そしで稽古場の中央に黄金色の噴水のように光が吹き上がった。
 文葉と彩音、親子の舞と鹿沼流一門の『散華』の合唱にさそわれたようにその光の巨大な円錐形のなかに九尾の狐が現れた。
 玉藻の前、お后さまだ。
 再臨だ。再臨だ。
 黄金の狐はなにかいいたそうな人の形をとっが一瞬のことできえてしまった。
「まだ再臨の時期が熟していないのだ」
 赤沢玄斎が寂しそうにいった。
 しかし、文葉と彩音。川端家直系の女には「よく純血を守りとおしてくれました」という、玉藻の声がこころにひびいていた。

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閃光弾/吸血鬼ハンター美少女彩音  麻屋与志夫

2008-08-12 15:16:01 | Weblog
65

 なにが起こっているのか。
 はっきりしている。
 新たなバァンパアが現れたのだ。
 それもいままで鹿沼にいたものよりはるかに強い。
 外来種だ。
 いままでの人狼吸血鬼と外来種のバンパイアの襲撃を鹿沼はうけている。
 バァチャンの通夜だが稽古に励むつもりだった。
 いい稽古になる。
 稽古や練習なんかじゃない。
 実戦だ。
 いままで、彩音が倒してきたバァンパイアと微妙にちがっていた。
 さらに残忍な攻撃パターンだ。
 鉤爪も短剣のように長い。
 ふたりは、『風花』を舞いつづけた。
 空間に翻って敵を攻撃する。
 敵は上から攻撃には弱い。
 ジャンプ力はない。
 彩音の剣が幾つか敵の腕を削いだ。
 文葉の手にある舞扇『朽ち木』が敵を緑の粘液にする。
 それでも、吸血鬼はひるまない。
「文音。『嘆き』で攻撃よ」
 その一言でわかった。
 彩音は身を低くした。
 嘆き悲しみ大地に伏せるように舞う。
 二段の所作をとった。
 上からの攻撃に弱いということは下にも隙がある。
 吸血鬼は長身だ。
 上下からの立体的な攻撃には弱いはずだ。
 そうか、こんな攻めかたもあるのね。
 喉を切り裂く。
 首筋を攻める。
 心臓を突き刺す。
 そこだけに刃をむけてきた。
 すべて上半身に攻撃を集中してきた。
 低い位置から切り込む。
 こんな攻めかたがあったのだ。
 彩音の技がさらに進化した。
 敵がざわっく。
 やっと神田を倒した。
 バァチャンが命を捨てて『朽ち木倒し』で神田の首を切り落としたのに。
「どうして鹿沼にこだわるのよ」
「われらの性だ。それとも鹿沼土があるからかな。われらにとって、癒しの土だからな」
 稲本が吠えた。
 
 ヒュっと音がした。
 眩い光輝が庭に広がった。
 稲本の背後で吸血鬼の体が一瞬にして緑色になり、溶けた。
 廊下に通夜の客がそろっていた。
 拳銃を手にした人が凛々しく叫ぶ。
「閃光弾だ。紫外線効果がある。こんなものを日本で使いたくないが川端文美の通夜だ。引かなければ容赦はしないぞ」
 敵に退路をあたえている。

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涙の再会/吸血鬼ハンター美少女彩音 麻屋与志夫

2008-08-11 04:47:45 | Weblog
64

 その人は振り返った。
 文美の若いときの写真とそっくりだ。
「彩音……」
 その人は舞ながら澄んだ声で呼び掛けてきた。
「こないで。バァンパイアよ」
 その声をきいただけで彩音は気づいた。
「おかあさん……おかあさん、でしょう」
 そのひとは金属ムチを手にしていた。
 闇にとけこみ異形ものがうごめいていた。
「あんたら、なによ」
「あたらしく鹿沼を仕切ることになった稲本ってもんだ」
「あら、吸血鬼さんが自己紹介できるんだ」
「ヌカセ」
 闇のなかでザワッと殺気がふくれあがった。
 金属ムチがうなる。
「おかあさん、これ使ってみて」
 舞扇を投げる。わたしには、あれからかたときも放さない鬼切りがある。
「あっ。仕込み扇。皆伝をゆるされたのね」
 そのひとは、右手に舞扇。左手にムチを持った。
 両手を下げ八の字に構える。
 彩音は『鬼切り』を正眼にかまえた。
 稲元はひとりではなかった。
 黒い影が生臭い臭いをたてておそってくる。
 両手にムチと剣を手にして母が舞っている。
 剣のさきに、ムチのさきに鱗の皮膚をきりさかれた吸血鬼がいる。
 ヤツラの怒り狂った唸り声がする。
 稲本の腕が文音をおそう。
 鋼の腕だ。
 鋼の爪だ。
 見切ったはずだ。
 いや、完璧に見切った。
 鉤爪は文音の顔面すれすれまでとどく。
 なんという速さだ。
 なんという長さだ。
 パンチがゴムのように伸びてくる。
 そしてその先きには鋭い爪のナイフ。
 吸血鬼におそわれたときの痛みはまだ彩音の体にのこっている。
 ゾクっと恐怖が背筋を流れた。
 母のムチが稲本の腕を切り裂いた。
 その一撃が瞬時遅れていれば、彩音の顔は裂かれていた。
「油断しないで、超A級のバァンパイアよ」
「わかってるんだな」
「ペンタゴンの記録にあるほどのヤツよ」
「そうか、アンタはアメリカ国防局のVセクションのエージェントだな」
「彩音の母よ。文葉とおぼえてよ。これ以上まだやる気なの? けがではすまなくなるわよ」
「お母さん。ありがとう」
「礼はあとで、コイツラ、パワーアップしてるからね」

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風花/吸血鬼ハンター美少女彩音  麻屋与志夫

2008-08-10 12:55:16 | Weblog
63

 ひとりぼっちになってしまった。
 でも師範の教えは守る。
 文美の教えは守る。
 これから舞の練習に励む。
 なにが起きても。
 練習は休まない。
 一日でも休めば、体の動きが鈍る。
 彩音は舞扇を手にしていた。
 廊下に出た。
 廊下の向かう先は、稽古場だ。
 通夜の晩でも舞う。
 それが文美バアチャンへのいちばんの供養になる。
 文音は広い廊下にただひとりだった。
 お通夜に大勢のひとが集まってきた。
 さわさわと人の立ち騒ぐ気配がする。
 わが家をはじめて大勢の人がいっぱいにした。
「わたしにまかせてね」
 美智子先生が割烹着姿で全部采配をふってくれた。
 麻屋先生が通夜の客の応対はしてくれている。
 ご夫婦にすべてまかせた。
 彩音は廊下に立っていた。
 磨き込まれて黒光りする廊下だ。
 庭には風花が舞っていた。
 また春の雪になるのかしら。
 松をきらっていた。
 バアチャンは「まつ」という言葉がきらいだった。
 庭には、ナラやクヌギ、雑木林の風情がある。
 街中なのでさほど広くはない。
 そでも五百坪はある庭だ。
 樹木がいりくんでいる。
 見通しがきかない。
 どこまでも林がつづいている。
 無限の広がりを感じさせる。
 冬も終わりだが、樹木が芽をふくのにはまだ間がある。
 風花がいっそうはげしく舞いだした。
 雪になるのかもしれない。
 屋敷林の奥から、人影が浮かび上がった。
 裏木戸からはいったのだろう。
 白いコートをきている。
 立ち姿がバアャンに似ている。
 白い人形(ヒトガタ)の影が舞の所作をしている。
 『風花』の舞だ。
 オバアチャンの精霊かもしれない。
 でも同じ舞の所作なのだが、どこかちがう気もする。
 剛毅な感じがない。
 ふわっと風に舞う一片の雪のようにはかなく美しい。
 ちがう、どこかで警鐘がなっている。
 じぶんの鼓動がきゅうに高鳴った。
 ちがう、あのひとは戦っているのだ。
 風花の舞の所作だが右手がちがう。
 右手の動きはまさに目前の敵と戦っている。
 なにか武器を手にしている。
 うねるような害意が左右からその人に迫っている。

 彩音は庭に走りでた。

「文美バアチャン」
 いままでの彩音だったら感知できない。
 なにかイヤな気配がある。
「オバアチャン」

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