-畑沢通信-

 尾花沢市「畑沢」地区について、情報の発信と収集を行います。思い出話、現況、自然、歴史、行事、今後の希望等々です。

今回はゆるり あちこちと

2022-11-08 13:15:51 | 近況報告

 令和4年11月7日(火)に尾花沢市尾花沢にある「芭蕉清風歴史資料館」に行ってきました。知人から「今、歴史資料館で荒町八幡神社で所蔵している絵馬が展示されている。素晴らしいものだから、是非とも見るべき」と勧められました。私は芸術的な物には関心が薄かったのですが、この人が勧めるのだからと話に乗ってみました。

 

 入館券は210円です。さらに管内の展示物を案内する二つの資料を頂戴しました。その資料の素晴らしいこと、資料だけでも210円以上の価値があります。特に絵馬の写真はどんな歴史資料にも載っていない迫力があります。著作権の問題がありますので、このブログではお見せできません。まだ閲覧していない方は、後日にでも入館して残部をお願いしてみてはいかがでしょうか。

 

 月曜日の早い時間帯でしたので、まだ誰も私の外に観覧者はいませんでした。お陰でゆっくりと展示物を見ることができました。いつもは私の悪い癖で、展示物があっても表面だけを見て先を急いでしまうのですが、今回は古文書など読んでみたりと珍しい行動をとってしまいました。ゆっくりは心を落ち着かせ、展示物の中身に入るような気分になります。

 さて、目当ての絵馬は一階の奥に展示されていました。私は絵馬と聞いて、学習机の天板程度の大きさで、永年で退色した姿を想像していたのですが、全く違いました。掛け軸に表具されていて、縦にした畳2枚を横に並べて、上を約40cm切った程度の中ほどに絵馬が納まっています。杭に繋がれている馬の姿は色鮮やかで、とても四百年近くも経っているとは思えません。戦国時代の西暦1600年、東西の勢力が激突した関ヶ原の戦いと出羽の地で展開した慶長出羽合戦があり、野邊沢軍が現在の山形市内で参戦しました。西軍の上杉軍が撤退して2年後、戦勝の感謝として野邊沢城主の満光が八幡神社に奉納したものだそうです。絵馬の左右両側に縦に文字が記されていますが、馬の勢いに押されて揺れています。その様子がさらに人の気配を感じさせてくれ、古の風が流れてきました。

 見事な絵馬なので写真を撮りたくなるのですが、当然、撮影は禁止でした。しかし、上述した見事な資料に絵馬の写真があります。

 

 歴史資料館で大満足して、畑沢へ向かいました。最近、御無沙汰の熊野神社へ登ることにしました。ところが、登る前に足もとの緑の美しさに見とれました。綺麗に明るい緑です。そこに秋の風情を添えた落ち葉が横たわっています。

 

 鳥居は既に冬支度がなされています。角隠しのようです。

 

 熊野神社と樹齢四百年近い大杉です。今回の主役は大杉にしました。

 

 畑沢は周囲が山で、全方向が錦に飾られています。スマホで撮ると、より一層に鮮やかになるようです。

 

 紅葉を拡大してみました。

 

 今回の畑沢での作業は、先週に続いて池の漏水工事でした。前回の作業が完全ではなかったようで、まだ漏水がありました。それでも再工事でしたので、まあまあ無事に終えました。近くの耕作放棄地を見ると、耕したような痕跡が見えました。イノシシの仕業と分かりました。実に徹底的に、実に丁寧にイノシシは頑張ったようです。どう見ても、人が耕したように見えます。余程、お腹が空いたのでしょうか。

 

 山形への帰りは、背炙り峠を越えることにしました。峠には午後4時を過ぎたばかリ、まだ夕焼けを見ることができません。太陽が沈むにはまだ時間がかかりそうです。最近、峠で夕焼けを見る機会がありませんでしたので、ここでしばらく待つことにしましたが、その前に村山盆地に広がり始めた夕靄(ゆうもや)が地表面に広がり始めている風景をパチリ。表現が難しいのですが、閲覧者の想像力にお任せします。

 

 それから30分後、日は沈み、峠から少し下った棚田のビューポイントから大倉地区を入れて撮影しました。

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