前回、令和3年4月20日の背炙り峠りのことを報告しましたが、実は外に別の重大な事がありました。
下の写真は、雲に隠れた甑岳を峠で望んだ風景です。しかし画面の左下を御覧ください。法面下の側溝の辺りに石がごろごろと転がっているのが分かると思います。
近づいてよく見ると、私の頭ぐらいの大きさです。「冬の寒さで法面が凍結して、それが日に照らされて融け、何度もそれを繰り返して法面が脆くなって崩れ落ちた」と想像したのですが、どうも様子が変です。法面のいろんなところに穴があります。
穴は深く掘られています。私の勝手な想像である凍上による崩壊とは明らかに異なります。こんなことが生じるのは、ただ一つです。規模が小さいのですが、同じ光景は見たことがあります。令和3年3月24日に五十沢地区へ向かう比丘尼新峠(私の勝手な命名です。)で勉強したばかりです。これは、積雪期に土が出ている切土法面の上部をイノシシが穿(ほじく)って餌を求めた跡です。背炙り峠のイノシシは、もっと大胆な行動をとっています。余程、お腹が空(す)いていたのでしょうか。
以上のことは村山市側でしたが、畑沢側はしばらく進んでもイノシシの被害がありませんでしたが、中ほどを過ぎてから、突然、法面が穿られていました。畑沢側でも被害がありました。
もっと被害が大きいのは、ここです。昨年もここが穿られていましたが、何が原因であるか分からずじまいでした。もう今年は分かります。イノシシだったのです。随分と上の方がやられています。
穴を拡大しました。
直ぐ近くも御覧のとおりです。
そして拡大。
もう少しで畑沢へ到着するころになって、路上にイノシシの死骸がありました。体長(尻尾を除いて)は約60㎝です。中程度の大きさです。若い個体です。死骸は白骨化していてあまりにも惨(むご)たらしい姿でしたので、見るに堪えないと思い画像処理して暈(ぼか)しました。死因は何でしょう。いろいろ考えられます。①個体数が増加して、餌が不足して餓死した。②猟で傷つき、ついに力尽きた。③雪崩に巻き込まれた。
この場所は雪崩の常襲地帯です。③が有力です。
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