歪曲される情報を見る。

日本を馬鹿(馬鹿文系)が叩く、だが、それはどの程度正しいのか?非常に疑問である。

ニクソンショック後の「金融セクターの偉業」と言う寝言を暴く(2/2)

2010年04月30日 00時27分41秒 | 日記
東欧・中南米通貨危機が発生したのは、1980年代だった。

驚いた事に、この関連情報が驚くほどネット上には無い。私は見え透いた情報隠蔽のにおいを感じている。

1971年ニクソンショックは、様々な問題を発生させたが、その結果、金融市場が浮動化を始めた。この辺の常識があまり無いのだが、確かこの頃、金融はグローバル化しておらず、国の枠を超えての融資はさほど活発ではなかった筈である。

国の枠を超えての融資と言うのが激しくなったのはニクソンショック以降。そして、それが一気に行われたのが、この頃だった。

ここで実に慶応的で、無思考、短絡、付和雷同的、流行の、根拠の無い寝言が出てきた。皆、忘れないで貰いたい。誰が言ったか分らないが、必ず当時の世相とか言って、必ず後で考えると合理性も無ければ客観性も無いスローガンが出てくるのだ。それは、

「国に貸せば、取りっ逸れはない。」

この、当に馬鹿文科系大学出的なスローガンが世を覆った。それでアメリカのメガバンクが、こぞって発展途上で資金不足で動きの鈍かった中南米、そして、共産主義による停滞が目立ってきて資金注入による刺激を求めていたというか、資金注入で刺激したかったアメリカの金融セクターの糞馬鹿野郎のそそのかしで、融資が決まった。

中南米に関しては、アメリカの政治力と言うか影響力を使って簡単に決まった事だろう。アメリカのイエスマンで居ると言うことの危険さは、ここにある。日本は隣国ではないからマシなのだが、隣国ならば実に碌でもない国である。

この融資と言うのが、どんな根拠で始まったか?はよく分らない。ただ1980年代に金融危機が発生したと言う事は、焦げ付いたと言う事だから、融資即焦げ付きは無い。最低でも3年、まぁ国家との付き合いを考えると5年から7年、問題がこじれて10年と言う感じだとすると、ニクソンショックのすぐ後から、この馬鹿げた融資は行われたのだろう。

このブログを読んでいる人には、過去の新聞の経済欄を読み返して貰いたい。何とはなればTIMESやNEWYORKTIMES、ECONOMIST、FORBSなどの欧米の経済誌も同時にバックナンバーを読んで貰いたい。

大体中南米の金融危機は1980年代初頭から火がつき1980年代半ばで大混乱に陥った。被害を被ったのは欧米の金融機関だが、被害を被るというのは一方的な見方である。何故なら、世界の銀行の常、さほど必要と無い時に貸し出し、必要な時には融資しないと言う外道の融資を、やっぱり、欧米もやったのである。この馬鹿文科系大学出の馬鹿文科系ビジネス手法は、愚劣と分りきっていても、愚劣が身に付いた馬鹿文科系大学出はやってしまうものなのである。

必要の無い所に無理に融資をするというのは「悪魔の騙しのテクニック」ではなく「悪魔の浪費のテクニック」若しくは、「悪魔の金融麻薬テクニック」と呼ぶべきものである。

これが、また馬鹿文科系大学出の基本がある。「儲かっている」時、又は「羽振りが良い」時を当たり前と言うのである。それが基本だから、前の状態の戻る事を「落ちぶれた」と「悪魔の騙しテクニック」を使うのである。

確かに当時資金が行き渡らない事による経済の停滞があったかと言えば、あっただろう。しかし、その時馬鹿文科系大学出は、どう考えるかと言うと

「俺はぁ~金を貸すのが仕事だからぁ~後はぁ~お前ら下々の者がぁ~考えればぁ~いいのさぁ~」と言う事だった。

正確に翻訳すると、

「何も出来ません何も考えられません金を融資するぐらいしか能が無いのです。でも利益はばっちり貰うからな!」って事のようです。

これが混乱を招いたようで、その後マシになった馬鹿文科系大学出は、どういう風に使うか?のアプリケーションを若干用意するようにはなった…、だが、それが必ずしも儲けるものではない。結局、金融屋と言うのは、そそのかし(詐欺)が基本で、本来的に卑怯な外道の集まりなのである。

ただ金を渡された連中は、通常、馬鹿文科系が読んでも分らない経営計画だとか売り上げや利益の想定なんてものを出させてやるんだが、中南米や東欧の国に渡した金は、ほぼ白紙委任状の下に融資しており、懐が大きくなって気が大きくなった馬鹿の集まりが馬鹿をやり倒した。

その最たるものがチャウシェスクである。日本もそうだが、馬鹿が金を持つと伽藍を建てたがるもので、馬鹿が、やっぱり建てやがった。

日本の土建屋も同じで、自民党の政治家もこれまた同じ、低脳な馬鹿は没個性な能無しの集まりである事が分る。さもなくば大盤振る舞いで、短い我が世の春を謳歌していたのだ。

馬鹿が、気づくより、貸したアホの方が、現状を早く気づいた。馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、やっぱり馬鹿だったのだ。だが、それは貸した側も相手の能力を見誤ったという事だ。根拠も無く貸す馬鹿に、貸すというから借りる馬鹿。同じ馬鹿なら借りた方が強い強い。何とはなれば、命までは取れない。それに国の垣根がある。その内部では国家の方が強い。

かくて正直者を騙して金を巻き上げる下衆が、低脳だけど権力を持つ国家との付き合いの難しさを思い知った瞬間だった。

後悔先立たず、短絡的な思考とすらも言えない当て推量で、大金を動かした馬鹿は、返済されないという問題を抱え込んだ。「後悔は、もう10年も前に済ませた。後は、如何に忘れるかだ?」とは王立宇宙軍の中の台詞だが、何とも欧米の馬鹿銀行の連中は、これを実行する事に勤めた。

とにかく損失引当金の割合を増し、堅実で真面目な仕事でせっせと金を積み上げ、中南米や東欧から、とにかく少しでも返済を受け取るのである。当初当て込んだ痴人の夢とは偉い違いである。

だが、これで欧米は損失引当金のテクニックを身に付け、その結果、レーガン大統領が引き起こしたバブルの世界から、容易く損失処理をするテクニックを身に着けていた。何故なら、バブル崩壊は1990年である。1980年代のノウハウはしっかり詰まっていた。その一方、中南米や東欧に融資しておらず、ブラジルやアルゼンチンのモラトリアムを他人事としていた日本が、結局損失引き当ての方法を馬鹿文科系的な能無し誤魔化し違法行動で事態を悪化して、馬鹿の言う「失われた十年」とやらを作ったのは、そんな経緯の中からだった。

こんな説明ありました?

さて、この時に、別の問題があった。

我々の10代では、今となっては迷惑な老い耄れとなった大橋巨泉の「世界まるごとHow Much」で中南米の通貨危機が実感を持つものとして放送されていた。

その中でブラジルの通貨がクルゼイロ・クルザードなり、更にクルゼイロに戻るという通貨のインフレが進んだ。この一週半に5年ぐらいかかったろうか?100万倍くらいに結局なったのかな?

後で知ったのだが、元々ブラジルの通貨は「レアル」である。それが通貨危機になった時からクルゼイロ・クルザードとなって、今またレアルになったのだとの事。

これを馬鹿は「ハイパーインフレーション」とこきやがる。実は馬鹿ほど、お安く「ハイパー」を使う。さんま御殿の「ハイパー」は可愛いものである。その馬鹿とは「ほんまでっかTV」の池田である。

言葉の定義は勝手と言いたいだろうが、下手をすればアナウンス効果をもたらす事なので、馬鹿には馬鹿と言っておこう。

中南米・東欧の通貨危機の頃は、まだ若干当事者能力を持っていた。私の知る限り「ハイパー」と呼べるインフレーションは2つ。ジンバブエとワイマール共和国時代のドイツである。

どちらも年率数百万パーセントである。これは当事者能力を全く持っていない状態である。ここまでくると信用経済が成立しない。ジンバブエは馬鹿大統領が原因、ドイツの場合はフランス・イギリスが悪い。わざと通貨政策を取らせない状態を作って、ドイツが困るのを見て楽しんでいたというのが現状だろう。このくだりは「嘘吐き日教組・教育委員会・文部科学省が誤魔化す世界大恐慌の真実+アメリカの経済学者もこっちだと言う!」で書きますけどね。

要は、嘘なんですよ。世界大恐慌の教科書の記述は…。これが事実を並べて結論が変になるという(変にするのかな?)馬鹿文化系大学出の得意技なんだけど、とにかく聞くと笑うよ…。

さて本題に戻ると、ブラジルは一時期(もしかしたら今もかもしれないけど)ドルが国内で流通した。それは通貨の二重状態である。大体発展途上国に多いんだけど、通貨は信頼が大事。だから安定した取引の為には、どの通貨でも良い。だから基軸通貨ドルにしただけの話。

そこから、じゃぁ自国通貨をドルと一定の交換比率を維持していれば信用されるという事でペッグ制が(多分)生まれた。例えば香港ドルもそうだし、他の国家もそうだった。(タイもそうだったのかな?)発展途上の国では、自国通貨が信用されないのでママある話し。しかし、ブラジル、そして第二次世界大戦の頃はアメリカと二分する強国であったアルゼンチンが、通貨危機になるなんて、まぁ隔世の感がある。

まぁブラジルとアルゼンチンの通貨危機は、アメリカの銀行の所為とは言えないけど、でも、あの騒ぎを起こした程首まで浸かったのは、アメリカの所為が全く無かったはずではない。

この頃って言うか1990年代に面白い状況が発生した。それは三光汽船(自民党の河本の持ち会社)が倒産し、当時運行していた船に金が渡らず、国際問題になると国が前に出て処理した。その時パナマ運河の中で、三光汽船とすれ違った船があった。今でも間々あるんだけど、その船は、東欧の鉄とアルゼンチンのオレンジジュースを物々交換しているとの事だった。通貨不安があったればこその状況である。

今もあるんですよ。イランの原油とタイの米。探せば他もあるでしょう。つまり、為替市場というもので通貨の交換比率が決まらない場合があると言う事です。それでも人は生き生活しなければならない。馬鹿文化系大学出のシステムが当たり前という寝言は、こんな時何も生まない。教養とは知識とは、難局を越える為、新たな発想をするためにある。馬鹿文化系大学出は、こんな時どれ程役に立つだろうか?

立たないよ!まるで!

馬鹿文化系大学出に聞いてみろよ!誰も知らないって言うぜ!私と同じ40代でも、馬鹿面晒して知らない!だからなんなんだ!って切れるのがおち。

結局、この問題は、アメリカ側の努力と中南米・東欧の努力によって解決に向かった。特に凄かったのはルーマニアで、チャウシェスクの子ってのを作ってしまうほどの(貧困による育児放棄)強力な返済により、チャウシェスクがクーデターで殺される頃までに綺麗に払っていたそうな。同じような事を日本国民に対してしたいのが慶応のクズども。その先頭に厄病物体、醜悪「アグリー」で強欲「グリード」をあわせた「アグリード」が旗を振っている。低脳さが髪にまで出ている白い悪魔小ずるい純一野郎もその属領である。

何れにしても馬鹿文化系大学出は「痴人の夢」程度しか思い浮かべられず、それにより社会の隅々まで被害を及ぼす事を嬉々としてやる馬鹿野郎の集団であるという事だ。特に「金融セクター」と呼ばれる糞馬鹿がである。

これを聞いて毒電波発信所NHKの「すぅ、ぱぁ~せみなぁ~」を聞くとどうだろうか?慶応の厄病物体の自信有り気な寝言はどうだろうか?それを教授と呼ぶ馬鹿集団慶応の厄病物体群はどうだろうか?

慶応の厄病物体はほざく「いゃあ、金融セクターの人は頭が良くて…。」が枕に付く馬鹿話は!?

大笑いだ!ばぁ~か!馬鹿が馬鹿が馬鹿が馬鹿が馬鹿が馬鹿が馬鹿が馬鹿が馬鹿が馬鹿が馬鹿が馬鹿が馬鹿が馬鹿が馬鹿が馬鹿が馬鹿が馬鹿が馬鹿が馬鹿が馬鹿が馬鹿が馬鹿が馬鹿が馬鹿が馬鹿が馬鹿が馬鹿が馬鹿が馬鹿が馬鹿が馬鹿が馬鹿が馬鹿が馬鹿が馬鹿が馬鹿が

世界中を馬鹿が酷い目に遭わせたんだ!それを忘れただと!毒電波発信所NHKの「すぅ、ぱぁ~せみなぁ~」は1990年代の真っ盛りにやっていた。まだ中南米・東欧金融危機の余波が十分残っていて、こんな白々しい事をよくもまぁ言えたもんだ!

慶応の教授会は馬鹿の集まりか、嘘を伝播させるための嘘吐きの集団かどちらかである。こんな馬鹿が教授会で教授閉じとめられるという事は、ここにまともな奴は誰もいない。

毒電波発信所NHKも同罪だ!って言うか、インサイダー取引やったクズは、まだいるだろう!せいぜい可愛がって手元に置け!そのうち破防法でしょっ引いてやる!

教養というものを持たないと言う事は、ここまで馬鹿をのさばらせる。慶応のほざく事なんざチーズと同じで穴だらけだよ!それにお調子を合わせるのは低脳なNHKの女子穴かスパモニの能無しアナ(こっちは醜悪過ぎるので直しました)ぐらいなもんだろうさ!って事で、今後も慶応のチーズ寝言を暴いていきます。

日本人の合言葉は「慶応の奴らをみんなみんな地獄に落とせ!」以上!

ニクソンショック後の「金融セクターの偉業」と言う寝言を暴く(1/2)

2010年04月30日 00時26分36秒 | 日記
惨憺たるとは、ニクソンショック後の金融セクターの「ぱ~」達の偉業の数々を物語る時に使われる言葉であろう。それを偉業のように低脳な上悪辣で醜悪な慶応の厄病物体がほざくのでNHKの「すぅ、ぱぁ~せみなぁ~」はある意味最も面白いコメディーショーだったと言える。

先ずはニクソンショック。この前後の状況については、もう一度「日本の条件」第二巻「お金が世界を駆け巡る」を見るなどをしようかな?とは思うのだが、実は、後で考えると色々な陰謀が見えてきたりする。

取り合えず、ニクソンショックまでの流れで私が記憶している分を言います。

第二次世界大戦が終わってアメリカで会議が色々と行われた。その中の一つにアメリカの片田舎のブレトンウッズで開かれたのが戦勝国の枢軸国だけで、戦後の金融枠組み特に為替を中心とした枠組みが話し合われた…って事になっているが、本で見る限りに於いては、一方的にアメリカが言う事を参加国が消極的に是認すると言ったほうが正しかった。

世界大恐慌を起した要因の一つとして言われている覇権国家の不在によるイニシアチブの不在、それをアメリカが取ってやるというのがブレトンウッズ会議のメインの話であったろう。

金本位制、各国の通貨の交換比率、その他実務的手続きについて。会議はあっという間に終了した。

実際、この頃、制度的問題を云々する余裕は、アメリカしかなかった。各国は自国が戦場となり、その復興におおわらわだった。

この時のブレトンウッズ会議によって成立した体制をブレトンウッズ体制と呼ばれる。これが破綻したのがニクソンショックと言うわけだった。これにより金本位制=固定相場制が破綻したのである。

こんな事を言うと毒電波発信所NHKのクズみたいな銭儲けに加担する事になると思うが、日本の条件と言う番組は、NHKが犯罪組織になる前の立派な番組だった。理系の私が頭の悪い馬鹿銀行野郎を遥かに超える経済知識を持つようになったのも、きっかけは日本の条件である。第二巻は今も本棚にある。

私も、もう一度、醜悪で下劣な犯罪組織になる前の勝部さんのレポートを見てみたい。あの時は掛け値なしの清新な志の真のジャーナリストが居た。今のNHKは国賊毒電波発信所という公然の犯罪組織でしかないが。

ニクソンショックが固定相場の終焉といったが、日本の条件でもあったのだが、それ以前に変動為替相場制に移った国があったらしい。例えばカナダ、そして、オーストラリアだったか?幾らかあったようである。理由は忘れた。

固定相場制=金本位制の崩壊は、主にアメリカの軍事支出増大によるドルの乱発がメインの原因と言われている。その頃アメリカはベトナム戦争の泥沼にはまっていた。

まだこの頃は、経済政策と言うものについての見識が無かった。その辺はグリンスパンの激動の世紀の上巻だったっけ?に書かれている。例えばニクソンは、食料価格の変動を抑えるために法律で固定したが、それは市場からの食料品の撤退を招き、食料が返って不足した事などがあったようだ。これは今の北朝鮮の下劣な通貨政策と似ている。

実は、そのような政策側と市場との齟齬は1980年代の東欧・中南米金融危機にも同じような問題が発生していた。

どーでも良いですが、私は、これを学校で教わっていない。何故なら私が学生の時代、これはリアルタイムのもので、せいぜいニクソンショックには解説が付いただけで、金融危機の時には教養学部(1.5年)は終わっていた。つまりニュースと想像力で解いてきたのだ。(採点は激動の時代とかその他書籍を見てやった)

先程の食料の価格を固定するなどの無理くりの政策を行ってきたのと同じように、軍事支出の増大を財政的及び、金融的な担保無しに、ただ闇雲にドルを刷るというか予算決定!国債乱発!ってやって金を作ってきたと言う事である。これは今の「うちゅうじん党」の子供手当てを中心とした、財政担保無しに資金の提供をやるという愚行の先駆けだった。

この時も暴力的な施策だったが、今の「うちゅうじん」も滅茶苦茶である。ドルと言うものを考えた場合、アメリカの通貨だけでなく、世界の流通取引の基軸通貨であるという自覚がアメリカ政府の内部に希薄だった事も要因といえる。結局、国内の政策問題だけでドルの発行を決めたということ自身が金融の盟主足りえず!と言う事の表れだった。

加えて当時アメリカは製品が売れなくなった。それまではアメリカは、自動車、家電、産業機械、アルミニウム、食料、医薬品など、全てが優秀で世界最高峰だったが、それは50年代レベルで、固定されていった。そして、国内市場が強かった為、内需方向へと内向きになっていたのだ。

ただ科学技術が劣ってきたというわけではない、生産の現場の陳腐化、劣化が起こっていた、アーネストデミングの提唱するQC活動を積極的に行ったのはアメリカではなく日本だった。馬鹿文系の糞馬鹿権威の横行は現場を見ずに取締役ばかりを見る。馬鹿文科系大学出の最たるもので、役に立たんが権力と銭はほしがるクズの横行は当に今の糞馬鹿文科系大学出の跳梁を見て思う事だ。

そこで貿易赤字が増えて、それで国際収支が悪化、国内の貯蓄や資産を食い潰していったのである。この事は今の日本と実に似ている。って言うか教養が文科系大学出にあるなら、こんな状態にはならなかった。今だに特殊法人を作りたがる馬鹿政治家と官僚の連中は教養の無い「ぱ~」の集団だ。だが、ここに書いてある事を「賢い有権者」と言う事になっている連中は、どの程度知っているのだろうか?

基本的に学校の教育は、この程度を周知徹底するのが仕事の筈だが、実際は全く違う。

金本位制では、通貨の価値は金の価値によって固定されていた。だから固定相場制。この金による価値と言うのは、どういう事かと言うと、各国の間で資金が流れる際、通貨か金の現送のどちらかを選べるというものだった。つまり通貨ドルに価値が無いと見るや金の現送を求めるのである。それは自由となっていた。

この時、世界の金はアメリカのフォートノックスと言う所に大量に保存されていた。これはダイハード3の時に狙われた場所だった。日本の条件以来久々に見て私は大いに感動したものだった。そこからニクソンショック直前大量の金が流出した。その殆どはフランスに向かっていた。

この光景は人類史上2度目である。しかし金の出所はイギリスのロンドンだった。金本位制はアメリカの前に世界大恐慌直前イギリスを盟主として始めたが、その破綻もフランスによる金の現送要求に耐えかねて崩壊した。

どちらもフランスが原因である。この2回の金本位制の崩壊後金の保有バランスは大きく崩れフランスが1人勝ちの様相を見せた。そう、フランスは協調の国ではない、強欲で陰謀渦巻く国家なのである。ただし、彼らは違法な行動をしたわけではない国際ルールとしては正しい。しかし、その行動を起した意思がどの方向を向いていたかは?は疑問である。

ただ単にドル不信。若しくは、金本位制を破綻させる。そうなる事を起して金本位制崩壊後の金の値段高騰を当て込んだ抜け駆けか?何せフリーメーソンの本場なので、疑い出したらキリが無い。

ちなみに今まで描いたこのブログの文章は、何かを見て書いていない。ほとんどうろ覚えの事を思うまま書いている。だからいい加減かもしれないと思って下さい。

実は、この金本位制に近い為替をもっと前に、まぁ最低でも250年ほど前に行っていた国がある。それは日本である。江戸と上方、尾張、博多などの商業中心地との貿易の差額が発生して、埋められない時には千両箱を満載した船や荷車が往来した。これは金本位制の金の現送に他ならない。近代的信用経済は日本によって発生し、かなり高度に発生したことを低脳で白雉な日教組・教育委員会・文科省は教育しない。低脳か?国賊か?

最初アメリカは、この金の流出をただ眺めていた。これは消極的状況の追認である。自民や民主の馬鹿政治家の得意技、そして低脳馬鹿文科系大学出の得意技である。つまり当事者能力が無かったのだ。苦し紛れに出したのがニクソンショックだった。当時のアメリカの乱脈振りが見て取れるが、それは今の日本の姿にダブって見える。基本、この頃アメリカの技術者のレベルは下がっていない。しかし、彼らの動くシステムが駄目になっていた。馬鹿文科系が真の大馬鹿であったためである。

金の取引停止を宣言した後で、各国蔵相を集めて為替交換比率を決定。日本は1ドル360円から306円に変わった。ここにブレトンウッズ体制は崩壊し、新たな金融秩序が求められ始めた。

金本位制ではないが、一応固定されたような相場が動き出したが、もうそれ以前から変動為替相場制を取っている国もあって、妙な混生した国債為替相場が動いていた。

ちなみに分っている人がどのくらいいるかは知らないが、我々の通貨円は完全に変動為替相場制に移行したが、そうでない国は結構ある。先ず中国は固定相場であり、中南米の国などはドルとのペッグ制、つまりドルの価格に、ある係数をかけた比率を為替相場として採用している。このペッグ制に関る事は、後の通貨危機で延べる事とする。

この後日本でもお馴染みの為替急変が発生する。それは丁度ニュースステーションの番組開始に重なる。その時1ドル306円だった為替が280円台に入ったかと思うと、すぐに240円台に急落、そして220円台まで下がった。円は実に30%近く急上昇した。

この為替急変の裏には為替ブローカーと言う、極僅かの連中だけが取引を行った事が原因だったが、この頃この為替取引には政府すら介入できず失敗する事が多かった。その結果、為替ブローカーは、まるでサブプライム証券の自己勘定取引のように自分達で価格を決めて大きな取引手数料を上げていた。これらは貿易をする人間にとって新たな関税と、新たな貿易リスクを負わせる事となった。

それから先物の為替取引が出来るまで、来年はおろか半年三ヵ月後の為替の様子を見通して貿易をやらねばならないという時代が長く続いた。それはビッグバンの登場である。

ビッグバンの話を先にすると、全ての金融取引を自由化するというもので、日本でも十年以上前から議論がある。これに馬鹿みたいに突っつくのは慶応の厄病物体と小ずるい純一野郎だった。ビッグバンさえすれば…。馬鹿が使う低脳なフレーズである。実際は、馬鹿が馬鹿を呼んで上手くいかなかった。

アメリカはクリントン政権で、これを行い、まぁグラススティーガル法が有名無実になり、リーマンショックを呼んだのだが、先の「島田紳介の寝言」で述べた強いドル政策の根幹を築いた。しかし結局規制の無いのは独断先行を招くという事を思い知っただけであり、金融システムを保護するという資金救済案は、無法を行ったものを保護する政策であるということで、結局モラルハザードは拡大していく事は否めない。

さてビッグバンはアメリカの隠語で「屁」の意味である。何やら最近、日本で、キムチ臭い屁が騒いでいるようで、余り気分のいいものではない。面を見れば気の抜けたコーラを腐らせたようなので、何が良いのやら?と思う昨今である。キムチ臭いのは、さておいて、先に進める。

為替の大混乱も去る事ながら、ここに気になる現象が生まれている。つまりニクソンショック後の為替ブローカーは好き放題、誰の制限も干渉も受けない。オイルショック後のオイルダラーは好き放題、誰の制限も干渉も受けない。これは何かの構図に見えないだろうか?

サブプライム問題の自己勘定取引も誰の制限も干渉も受けなかった。規制がかからないと言う事は、事ほど作用に暴走を生むのである。この取引に慶応の厄病物体は何か言っただろうか?見識が無い低脳の経済音痴だから何も言っていない。返って相場を加熱させる事を吹聴していた。それがすきなんでしょう?経団連屋さん?!それで幾らすった!?

このオイルダラーや為替取引などでの濡れ手に粟は、浮動する資金として最初危険視されたが、グローバル経済馬鹿の台頭で「当たり前」という「悪魔の騙しのテクニック」に取って代わった。

実はオイルショック、ニクソンショックと経済のショックが起きる毎に貧富の差が広がり、経済的に損失が発生したりする。この様な事は学校では当然教えられない。何故なら日教組・教育委員会・文科省は馬鹿文科系大学出の集まりだからだ。そして醜悪で悪辣な詐欺物体だからである。

経済にしても歴史にしても、問答無用で勝手に自分の利益(暴利)を貪る歴史だったりする。それは過去のものではなく近年になって凄まじくなってきている。その事を教えないのが日教組、教育委員会、文科省の屁みたいな経済調教である。

その調教に足を縛られ自由な発想が出来ない当り、当に馬鹿は馬鹿のレベルでしか話が出来ないのだ。

ニクソンショックについては、為替の雪崩の様な変動で一息を付ける。だが、ニクソンショック以降の金融セクターの屁みたいな右往左往は、まだ続く。

次は、金融危機である。