今日、酒屋からの帰りに目の高さにある石垣に生えている豆科の雑草が見えた。
昭和天皇陛下の仰られる所の「名を知らぬ花」であり「草」である。
私は大気中の窒素を固定させる豆科の「名を知らぬ草」が好きである。
見ると「お豆チャン」と呼んでいる。
そのお豆チャンの様子がちょっと違う。
あれ?
そう、鞘がある。
中には種子が、豆がある。
豆科の草の中には、茎の裏側に種子を作るものも居る。
それも、やっぱり「豆」なのだ。
そうか、そうか、やっぱり、豆科の葉っぱの草はやっぱり豆を作るんだ。鞘は無くても。
そんな驚きをすると、横で「そんな事も知らぬとは、バカな奴よ」と昭和天皇陛下からの叱責を受けているような気になる。
それはそれで楽しいものだ。
「ハイ先生」と言える存在の居ることは結構幸せな事だ。
私は一方的に弟子のつもりである。昭和天皇陛下と京都大学の木原等教授である。
私の専門は雑草である。豆科がメインだ。最近は寄生植物も気になる。
寄生植物は寄生するために生まれたのではなく、別の目的から発生したというのが私の持論だ。
私は、最近雑草が愛おしい。まるで、元気な子供の様に見える。
それが育つのを好ましく思っている私は長崎では一級のキチガイであろう。
コンクリートを破って出てくるド根性雑草、排水口に生える雑草。どれも、望まれてはいないが、それでも生きている
生命なのである。
くるくる茎を丸めて伸びる豆科の草は、くるくるの巻き毛が絡まっているウチの姪、黒人との混血に思える。
もう半年会っていない。あの子は元気だろうか?元気じゃないわけが無い。ただ、髪型が、どんどん爆発してきている。
そう思って会社の横の雑草を見る。なるほど、こっちも爆発している。
姪の髪の毛がどこまで爆発しているのか?雑草が見せてくれているのではないか?そう思うと、また雑草の成長に声援を送る私である。
やっぱり、バカは死なねば治らない様だ。
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