お日様を満喫しながら、北野天満宮から二条城へ。
歩いて30分です。
ダウンはリュックの中に丸めて入れて、北野の生活エリア、高層ビルのある大通りを抜けていく。
二条城の中の虎や鷹の絵はすべて、贋作です。
贋作が十分立派でスルーしましたが、老中などの居間にある、鷲や水鳥の襖が別の展示棟にて有料で見れます。
中の写真はダメなので、門をバシバシと。
寂しくもなく、混雑でもない、ほどほどの観光客。
休日でお天気も良いのに、このレベルでは観光立国日本はまずいと思います。
左下は咲きはじめの梅園。
本丸は改修中。
パラパラだけど、梅園に降りてみる。
情報通りの咲きはじめ。石垣を入れても城はなし。
マスクはするしアルコール消毒もしますが、通勤の御堂筋線より、はるかに綺麗な環境。
煎茶ソフトでまったり。
織田信長嫡男、信忠は本能寺の知らせを聞いて、二条城に移動して明智軍と戦ったとのことですが、この二条城は後で徳川家康が作ったもの。
当時の二条城も、同じく京都で天皇を迎える場所として、信長が別の場所に作ったものとのこと。
スマホでググッたけど、当時の場所はよく分からなかった。
本能寺跡は、また歩いて15分ぐらい。
京阪四条駅までの途中にあります。
本能寺跡。
焼けて再建されたのち、本能寺の変でまた信長が火を放って遺体と共に焼失。
遺体を出家した義理の弟が持ち去ったとか、灰になったとか。
とにかく、信長の首がないので、光秀も天下を取った証拠がぼんやり。
本能寺はまた再建の話が出たが、秀吉の命令で別の場所に。
何度も火災にあった本能寺。
皮肉というかなんというか、現在は消防署の分署となっています。
底冷えする京都を守るファイヤーマンの倉庫がありました。
四条駅に向かう途中に、錦市場。
ここはインバウンドも含めて、結構な賑わいでした。
いつものタコ卵。一番駅から遠い最初の店はサービスで2つで300円。
他は1つで300円。味は山ほどあってもえんえん食える味。
ケンサキイカの鶉でない本物の子持ちも登場。こんど喰おっと。
海鮮炉端の店が旨そうでした。
今度はここでメシにしたい。
鮭のステーキ。普段食ってるおかずよりデカい。
小鮒もありました。モロコと一緒に炊くのかな。
地元で見ない淡水の食材を見るのが楽しい。
幼稚園ぐらいの頃は家でも、どっかの川の上流に出かけて、投網でデカいフナを取り、ドロをはかせて、ただ素焼きして、七輪で砂糖・醤油でコトコトやって、頭も骨も鱗も内臓も、何も処理せずまるまるすべて食ってました。七輪から目が離せないので作るのやめちゃったけど、冬の楽しみでもありました。
16時に家に帰る必要があるため、14時に四条駅から大阪へ。
半端なお散歩でしたが、空いてる京都とお天気に感謝。