思うところあって、昨日今日と大型書店の初等教育のコーナーをうろうろ。
コミュニケーションの授業で使う教材のネタ探しが目的だ。
コミュニケーションの解釈は幅広く、ゆえに教える側の立脚点(強み)によっていかようにも味付けされる可能性がある。
平たく言うと、どんな内容でもコミュニケーションになるということ。
スッチーに恨みはないが、現在あちこちで行われている彼女たちが得意とするいわゆる接遇マナーに偏ったコミュニケーション教育は(一部は就活には確かに有効かもしれないが)、まったくいただけないと思っている。
理由は枝葉末節に過ぎるから。
かといって、ルポライター歴20年の私ならではの(授業における)強みを確立できたわけではなく、これが辛いところ。
可能性として挙げるなら、新聞コラムを使った要約やタイトルつけなんかの練習、ライティングのワークショップ、フリートーク、いろいろなディスカッションといったところだろうか。
実際はまだおっかなびっくりで取り組んでいるところなので、余力はない。
現段階ではっきりわかっているのは、情報収集が趣味ともいえる私の場合、昔から狭間にある学問分野にばかり興味を持っていたため、参考資料を探すのに(どのコーナーに分類されているかわからず)非常に苦労したのだが、お陰で今では一筋縄ではいかない分野の参考書探しがかなり上手くなった実感がある。
怪我の功名ってヤツかもしれない。
コミュニケーションの授業で使う教材のネタ探しが目的だ。
コミュニケーションの解釈は幅広く、ゆえに教える側の立脚点(強み)によっていかようにも味付けされる可能性がある。
平たく言うと、どんな内容でもコミュニケーションになるということ。
スッチーに恨みはないが、現在あちこちで行われている彼女たちが得意とするいわゆる接遇マナーに偏ったコミュニケーション教育は(一部は就活には確かに有効かもしれないが)、まったくいただけないと思っている。
理由は枝葉末節に過ぎるから。
かといって、ルポライター歴20年の私ならではの(授業における)強みを確立できたわけではなく、これが辛いところ。
可能性として挙げるなら、新聞コラムを使った要約やタイトルつけなんかの練習、ライティングのワークショップ、フリートーク、いろいろなディスカッションといったところだろうか。
実際はまだおっかなびっくりで取り組んでいるところなので、余力はない。
現段階ではっきりわかっているのは、情報収集が趣味ともいえる私の場合、昔から狭間にある学問分野にばかり興味を持っていたため、参考資料を探すのに(どのコーナーに分類されているかわからず)非常に苦労したのだが、お陰で今では一筋縄ではいかない分野の参考書探しがかなり上手くなった実感がある。
怪我の功名ってヤツかもしれない。