“旧堀田邸”の庭園で紅葉を楽しんだ後、私達は次の目的地に向かいました。
もちろん、徒歩ですよ~。

こんな看板をみかけると、ああ佐倉市って観光地なのね・・・と思います。


でも、歩いて観光してる人には、あまり出会わなかったような?
“旧堀田邸”から20分くらい歩いて着いたのが・・・・・・佐倉順天堂記念館でした。


創設されたのが、1843年(天保14年)。佐藤泰然という方が、オランダ医学の塾兼診療所として創設したそうです。
なんとな~く、病院!という雰囲気を感じてしまうのは、気のせい?

使用されていた道具も、いろいろと展示されていましたよ。


ちょっと、ゾワゾワしてしまいますね。
やっぱりね、タイムマシーンで過去と未来のどちらか一方にだけ連れて行ってもらえるとしたら、未来に行くことにしたいですよ。
それはさて置き、現在残されている建物は創設当時の建物の極一部のようで、広い敷地に何棟もの病棟?が並んでいたようです。
緒方洪庵の適塾と並び称されていた・・・というのも頷ける規模ですね。
さて、追加ルート(“旧堀田邸”■■■“佐倉順天堂記念館”)を地図上に加えると、このような感じになります。

ずずっと東に向かって歩いたので、西に向かって戻ることになります。
そう、駐車場までね~。でもね、まだもう一カ所、行った所があるんですよ。
そのお話は、またあした。
もちろん、徒歩ですよ~。


こんな看板をみかけると、ああ佐倉市って観光地なのね・・・と思います。


でも、歩いて観光してる人には、あまり出会わなかったような?
“旧堀田邸”から20分くらい歩いて着いたのが・・・・・・佐倉順天堂記念館でした。


創設されたのが、1843年(天保14年)。佐藤泰然という方が、オランダ医学の塾兼診療所として創設したそうです。
なんとな~く、病院!という雰囲気を感じてしまうのは、気のせい?

使用されていた道具も、いろいろと展示されていましたよ。


ちょっと、ゾワゾワしてしまいますね。
やっぱりね、タイムマシーンで過去と未来のどちらか一方にだけ連れて行ってもらえるとしたら、未来に行くことにしたいですよ。
それはさて置き、現在残されている建物は創設当時の建物の極一部のようで、広い敷地に何棟もの病棟?が並んでいたようです。
緒方洪庵の適塾と並び称されていた・・・というのも頷ける規模ですね。
さて、追加ルート(“旧堀田邸”■■■“佐倉順天堂記念館”)を地図上に加えると、このような感じになります。

ずずっと東に向かって歩いたので、西に向かって戻ることになります。
そう、駐車場までね~。でもね、まだもう一カ所、行った所があるんですよ。
そのお話は、またあした。
