播州、姫路の浜手育ち ♪日々の出来事をつぶやいています

まあブログですから、覚え書きみたいなもの

ケチョンケチョンなんだってさ ふ~ん

2015年12月18日 | 夫・グチっているのが多いかな

年の瀬も詰まってまいりました。

20日(日)は母の一周忌を家でします。

一周忌といっても四十九日の法要と変わらず

段取りはそう変わらず、

強いて言えば 年輩のおじ様おば様が集まるわけですから

それなりの気遣いは必要なのですが、

それとて 姉も来てくれるから安心です。

 

さて

今日は休みの主人、

その主人が如何に 家の行事や私に対して無関心なのかの話です。

 

私の仕事中に 奥の新宅におば様の息子、

いとこですな。 いとこといっても滅多に顔を合わせたことないいとこ。

街で出会っても、まずわからないいとこ。

 

そのいとこが 奥の新宅にお供え物を持ってきてくれたそうです。

 

その事実を、夕食時に主人が話してくれました。

 

「お供えを持ってきてくれたのですが、お母さん(私のこと)に言おうと思ったけれど

どこに居るかわからないので言わなかった。」と報告が。

 

どこに居るかわからない???

私はこの時間帯はレッスン室で毎日レッスンですよ。

どこに居るのかわからないって 無関心もひどすぎやしませんか」

「だって お母さんはもうひとつの部屋でしていることもあるじゃないですか」

もうひとつの部屋とはたんぽぽルームのこと。

4月にあおぞらルームができてから ドラム講師のレッスン時に私のレッスン室を

明け渡すことがなくなってから いつものレッスン室でしている。

それに たんぽぽルームに居たとしても

新宅の玄関をちょい出たら 電気がついているかどうかで

在、不在がすぐわかる。

だから 主人の発言は言い訳でしかない。

一番最初に 私が どこに居るのかわからないの言葉がもうすでに

いとこが来たことをすぐに知らさなかった言い訳でしかない。

「○○さんから お供えを受け取っておいたから」

この一言でもいいと思うのだけど。

 

法事の内容もまったく知らないし

私の仕事にも関心がない

「ちょっとそれは あまりにも無関心すぎませんか?」

それだけ言い残して、私はすぐレッスンに戻った。

 

その後、娘から

「あの時 お父さんは『おかあさんは、亡くなったばあさんに似てきたのではないか、

ばあさんが、じいさんにひどいことを言ってたように

かあさんはボクのこと ケチョンケチョンに言う』」と聞いた。

 

確かに 私の母は特に晩年、自分の予定通りに父が動かなかったら

かなり父を罵倒していた。

 

「母さんは 何もひどいことは言ってないように思うけれど・・・

 (それって お父さんがお母さんに無関心すぎてアホなんじゃない・・) 」と 娘は主人に言ったそうですが

 ケチョンケチョンに言われたとしか思っていない顔つきだったそうで。

 

亡くなった母の父に対する罵倒と

私の主人に対する言葉は まったくの意味合いが違うからと

 

まあ 娘が理解してくれているだけでも 私は救われるのですが

 

疲れますわ。

 

「あんたの 父さん あほちゃうか」

「それって あんたの夫やで」

 

 

我が家に

主人の性格が二人いるとしたら 何も物事は進まず

私の性格が二人いたら 喧嘩になってどっちかが家出するだろう

 

これが 壬生娘の見解ですわ。

 

夫婦、お互いに 歳を経て 頑固になったと思いますが

 

今の仕事を変わって1年たつ主人

視野が狭くなり、随分と保身にまわっています。

コメント
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