エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

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2020-05-16 06:26:07 | 地獄の生活

「そうよ、何百万もよ。もしかしたら、その十倍、いえ二十倍かもしれないわ……」
「なら猶更だな。頭がちょっとアレになっちゃったんだな。で、一日中、一体何してるんだ?」
「何にも。自分の部屋で本を読んでいるか、庭をずっと奥の方まであちこち歩き回っているのよ。ときには夕方、車に馬を繋いで馬車の窓をぴったり閉めてお嬢様をブーローニュの森に連れ出すことがあるけど、そんなことは滅多にないわ。でもね、旦那様は厄介な人じゃないのよ。あたしここへ来て六か月になるけど、旦那様の言葉遣いを心得てさえいりゃ、ここは良いところよ。『そうだ、いや違う、これをしなさい、それで良い、下がってよろしい』これだけよ、旦那様が言うのは。確かなことは、カジミールさんに聞いてごらんなさい」
「旦那様は陽気な方ではないな」と召使頭は答えた。「牢屋の扉ってのは、ああいう人のことを言う……」
新入りの下僕は、これからその下で働くことになる人々の性格を知り、それを利用しなければならないという男の態度で、真剣に耳を傾けていた。
「で、お嬢様の方は?」と彼は聞いた。「そんな生活をどう思ってるんで? 気に入ってるんですかね?」
「そうね……六か月前から見ているけど、お嬢様は別に文句は言っていないわね」
「もし、退屈なら」とカジミール氏が付け加えた。「出て行きなさるだろうよ」
女中は皮肉な身振りをした。
「今よりもっと頻繁にね」彼女はせせら笑った。「お嬢様がここにいれば毎月毎月ありあまるほどお金が入って来て文句言うどころじゃないのよ」
この返答に対して上がった笑い声や召使の間で交わされた視線から、どうやら彼は隠された傷口に触れてしまったらしいことを知った。どこの家庭にも、リンゴがその中に虫を閉じ込めているように、外からは分からない秘密があるものだ。
「何だ、何だよ!」と彼は好奇心に火がついたように叫んだ。「何かがあるんだな? ああ、やっぱり! 正直、俺もなんかそんな気がしてたんだ」
おそらく、皆は彼に自分たちが知っていること、知っていると思っていることを、話して聞かせるつもりだっただろう。が、そのとき屋敷の呼び鈴を思いきり激しく鳴らす音が聞こえた。
「うるせい奴だな」と門番は叫んだ。「しかしえらく急いでいる。ちょっと待たせてやろう」
しかし、彼は嫌な顔をしながらも、紐を引いた。大門がぐいと押し開かれ、ガチっと音を立て、辻馬車の御者が帽子も被らず、怯え切って、叫びながら門番小屋の中に駆け込んできた。
「助けてくれ!……助けて!」
使用人たちは全員一斉に立ち上がった。
「来てくれ」と御者は続けて言った。「急いで。ここまで客を乗せて来たんだ。あんたらの知っている人だよ……俺の馬車の中にいる!」
後は聞かず、使用人たちは皆外へ駆け出した。そのとき、ようやく御者のしどろもどろの説明の意味が彼らにも納得できた。大きな辻馬車の座席の奥に一人の男が横たわっていた。ぐったりと屈みこんだ姿勢で、じっと動かなかった。身体が片側に滑り落ちたらしく、上体が前のめりになり、でこぼこ道の振動で頭が向かいの座席の下にはまり込んでいた。5.16

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