エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

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2020-05-19 06:07:01 | 地獄の生活

医者が入ってきた。まだ若い男だったが、頭に殆ど毛がなかった。小柄で痩せていて、念入りに髭を剃り、全身黒づくめの服装をしていた。一言も喋らず、挨拶もなしで、帽子の縁に手を掛けることさえせず、彼はまっすぐベッドまで歩いて行き、すぐに瀕死の病人の瞼を持ち上げ、脈を取り、触診した。それから胸を露わにし、自分の耳を当てがった。診察が終わると、彼は言った。
「重病です」
医者の行動を悲痛な面持ちでじっと見守っていたマルグリット嬢は、嗚咽を抑えられなかった。
「でも、希望がないわけではないんでしょう?」と彼女は手を合わせて懇願するように尋ねた。「なんとか助けてくださいますわね。助けてください!」
「当然、希望を持つことはできます」
それが医者の唯一の答えだった。彼は診察鞄を引き寄せると、冷静に柳葉刀を何本か指の先で調べ、そのうちから適当な一本を見つけ出すと、こう言った。
「お嬢様、お願いがございます。この部屋から女の人たちには出て行って貰わねばなりません。あなたも含めてです。男たちは残って貰います。なにかのときには力を貸して貰うかもしれませんので」
彼女は、不幸に襲われた人々がどんな唆しにも黙って従う、あの諦めの態度で従った。が、自分の部屋には行かず、ドアに一番近い踊り場の階段の一番上の段のすぐ上に留まり、どんな僅かな物音にも、あらゆる想像をめぐらしながら、じっと時が経つのを待っていた。
一方、寝室では、医者がこれ以上は出来ないほどの念の入れようで処置を行っていた。それは性格から来るものではなく、そういう主義なのだった。ジョドンという名前のこの男は、役割を演じている野心家だった。『学問の王道』の門弟である彼は、自らの治療によってではなく、稼ぐ金額によって名を馳せていた。彼は服装、身振りから声の抑揚に至るまで、師のやり方を逐一真似ていた。その範に倣い、怪しげな処方を施し、師と同じ結果を得ることを期待した。すなわち富裕層の患者と大金、である。
さて、彼は内心では、シャルース伯爵の病状は大したものではない、と高をくくっていた。実は重篤なものであったのだが、そうとは全く判断していなかった。しかし、瀉血をしても、乾燥吸角(鐘形の小さな放血器で、中でアルコールなどを燃やして皮膚につけ、陰圧で血を吸い寄せる)をしても、病人の意識や感覚を回復させることは出来なかった。相変わらず動かぬままで、呼吸は幾分荒いものではなくなったが、それだけであった。戦いに疲れ、ジョドン医師は応急の処置はすべてやり尽くしたので、『女たち』が病人の傍に戻って来ても構わないと宣言した。そして彼としては、今しがた処方した薬を薬局に取りに行かせ、その効き目を待つしかない、と告げた。マルグリット嬢が伯爵の部屋に入ることを許されたとき、この野心的な医者に投げかけた視線を見た者は誰しも心を動かされたに違いない。当のこの医師以外は。この男の面の皮は研磨機にかけられたほどに固くなっていた。彼が言ったのは次の言葉だけだった。
「まだはっきりしたことは言えません」
「まあ、どうしましょう……」彼女は呟いた。「神様、どうか私にお情けをくださいまし」
ジョドン医師は既に暖炉のところに行き、あくまでも師の真似をして、背を凭れかける姿勢を取っていた。
「さて」と彼はカジミール氏の方に向き直って言った。「必要な情報を貰わねばなりません。シャルース伯爵がこのような発作を起こされたのは、今回が初めてですか?」5.19

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