エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

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2020-05-26 08:42:52 | 地獄の生活

馬丁たちによってなされた敷き藁作業を監督していたカジミール氏は、家の中に入ろうとしていた。そのとき若い男が足早に彼に近づいてきた。彼は一時間以上も前から家の前をうろついていたのだった。
彼はまだ髭も生えていないような少年だったが、まるで長年ブランデーを飲み続けた老人のような鉛色の肌で皺が寄っていた。賢そうな表情をしていたが、それ以上にずうずうしかった。人を不安にさせるような大胆さが彼の目の中で躍動していた。彼のしわがれた声には抑揚がなく、何か言い淀んだときには間延びした語調になった。彼のぼろぼろの服は、年に五万フラン稼ぐパリの差し押さえ執達吏が、最も吐き気を催させる仕事をさせるのと引き換えに、気前良くも月五十フランで雇っている憐れな男たちが着るような服であった。
「何用かな?」とカジミール氏は尋ねた。
相手はへりくだった会釈をしながら言った。
「おや、旦那、あっしがお分かりにならねんで? ……トト……いや失礼、ヴィクトール・シュパンでやすよ。イジドール・フォルチュナ氏のところで働いておりやす」
「ああ!そうだったな!」
「主人の名代で参りやした。お宅様が手に入るだろうと言っておられた情報をもう入手なすったか、聞いてこい、てことで。けど、何やらお宅でお取込みの様子なので、入るのを遠慮しておりやした。お宅様が出て来られるのを窺っている方が良いかと……」
「それは良い判断だったな。で、その情報なのだが、まだ手に入っていないのだ……ああ、いや、ある!ド・ヴァロルセイ侯爵が昨日、伯爵と一緒に二時間、部屋にこもっておられた……しかし、今となっては、そんなことどうでも良いことだ。伯爵は発作を起こされて、明日まで持たないようなのだ」
ヴィクトール・シュパンはびくっと身体を大きく震わせた。
「え、まさか!」彼は叫んだ。「じゃ、道にびっしり藁を敷いてあるのは伯爵のためなんで?」
「そうなのだ」
「ああ、運の良いお人だ! 俺なんかにゃ、誰もこんな手間掛けちゃくれませんやね。俺がそんなことうちのボスに言ったりしたら、腹を抱えて大笑いのあまりズボン吊りを弾き飛ばしちまいますぜ。ま、とにかく、有難うございました。そいじゃ、いずれまた……」
彼は一旦遠ざかったが、突然何かを思いついたのか、戻ってきた。
「ああ、ちょっと失礼」彼は名うてのお喋りぶりを発揮した。「あんまりびっくりしたんで、自分の商売を忘れっちまうところだった……。ねえ、どうです、旦那、伯爵が亡くなったら、葬式を仕切るのは旦那っすよね。それでですね、一つ忠告させておくんなさい。葬儀屋なんかに行っちゃあいけません。あっしどものところへいらっしゃい、さあ、これが住所です---彼は名刺を差し出した---あたしどもは大いにあなたのためになる葬儀屋と交渉いたしまして、すべての手配を行います。料金にちょいと工夫を凝らして、最高に豪華で、お値段は一番安く……。何もかも、一番ちっちゃな房飾りに至るまで勘定書にはきちんと記載され、式の間に確認して頂けます。で、お支払いはお引き渡しがすべて完了した後、ということになっております。と、いうことで、お分かりいただけましたか?」
しかしカジミール氏は肩をすくめた。
「ふーん!」と彼はぞんざいに答えた。「私にはどうでもいいことさ」
「何と仰る!さては、ご存じありませんな。極上をご注文頂けば、おそらく二百フランの手数料を我々の間で折半することになるんですよ」
「なんと!……それは一考の価値があるな。どれ、その名刺を貰おう。私に任せておけ。フォルチュナさんによろしく伝えておいてくれよ……」
そう言って彼は入っていった。一人残されたヴィクトール・シュパンはポケットから大きな銀製の懐中時計を取り出し、時間を見た。
「八時五分前か」彼は呟いた。「ボスは八時に俺が帰るのを待っている……脚を使うしかなさそうだな」5.26

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