「気の毒に」とカジミール氏は呟いた。「卒中の発作を起こしたんだな」
そう言いながら彼は屈みこんで馬車の内部を覗き込み、仲間の召使たちも近寄って来た。そのとき突然、彼は大声を上げ後ろに仰け反った。
「ああ! 何ということだ!伯爵じゃあないか」
パリでは、何か事故が起きると、野次馬が飛び出してきて舗道を埋め尽くす騒ぎになる。既に五十人以上が馬車の周りに集まっていた。この状況を見て、カジミール氏は少し冷静になった。
「馬車を中庭に入れなくてはならん」と彼は命令した。「ブリジョーさん、門をお願いします!」
それから若い召使を捕まえて言った。
「それからお前、急いで医者を呼んで来い。どんな医者でも構わん!近いところから始めて、見つかるまで帰って来るんじゃないぞ」
門番は門を開けたが、御者は姿を消していた。呼んでも返事はない。それで、二頭の小型の馬の手綱を掴み、玄関の階段の前まで非常に巧みに馬車を移動させたのは、やはり召使頭のカジミール氏であった。
野次馬は四散した。今度はシャルース伯爵を馬車から降ろす仕事があった。伯爵の姿勢が奇妙なものであったため、これは非常に困難な仕事であった。しかし、馬車の二つの扉を開け、三人がかりでようやくやり果せた。それから彼を椅子の上に乗せ、彼の寝室まで運び上げた。服を脱がせることは難なく出来、彼をベッドに寝かせた。依然として、生きている験も見えず、枕の上に仰向けにひっくり返っている様子を見れば、万事窮す、に見えた。それに、確かに彼であると見極めることさえ難しかった。蒼っぽいむくみの所為で彼の顔の特徴が消え失せており、別人かと見紛うほどだった。瞼は閉じられ、目の周りには打ち身のような血の色の輪が広がっていた。極度の痙攣が彼の唇を歪ませ、口は右側に大きく寄せられ、半開きになっており、不吉な印象を与えていた。
細心の注意を払ったとは言え、男たちは運び出す際に彼に傷を負わせていた。彼の顔が金具にぶつかり、軽く皮膚を擦り剥いたので、細い血の糸が流れていた。それでも彼はまだ息をしていた。耳を近づけると、ブルッセ(1772-1838フランスの医者)が詰まったふいごの如き鼾と表現したものに近い、荒い呼吸が聞こえた。
ついさっきまで、あんなに騒がしくお喋りしていた召使たちは、今は口をつぐんでいた。彼らは寝室に留まり、陰気な青い顔をして、途方に暮れた視線を互いに交わしていた。何人かは目に涙を浮かべていた。彼らの胸中に何が去来していたのか?突然の思いがけぬ死が解き放つ圧倒的な恐怖を感じていたのかもしれない。自分たちが糧を得ていたこの主人を、そうとは意識せぬながら、好きだったのかもしれない。あるいは彼らの嘆きは単に利己的なものだったかもしれない。自分はこれからどうなるのだろうか、どこへ行くことになるのか、別の仕事口が見つかるだろうか、それが良い口かどうか、などの。
何をすべきか分からず、彼らは低い声で相談を始めた。それぞれが、どこかで聞いたことのある蘇生法を提案した。そのうちの最も分別ある者が、上の階に居るお嬢様かマダム・レオンに知らせに行くべきだと提言したそのとき、ドアの戸枠に触れて立てる衣擦れの音が聞こえ、一同は振り返った。5.17