「盗まれたんだ!」彼らは一斉に叫んだ。「お嬢様は鍵を持って自由に使うことが出来た……無実の者に罪が着せられることがあってはならないぞ!」
この場の喧噪は凄まじいものであったが、治安判事の冷静さを乱すことは出来なかった。彼はこれまで相続をめぐる骨肉の争い、父親の遺体がまだ温かいうちからその前で取っ組み合いを始める子供たちの例などを少なくとも二十回は見て来ていた……。
「静かに!」と彼は命令した。が、騒ぎは収まるどころか、人々は口々に叫び続けていた。
「盗人を見つけねばならん……犯人を見つけてやるぞ……」
判事は声を張り上げて言った。
「もう一言でも言ってみろ。この部屋から全員追い出すぞ」
皆口を閉じたが、口の中で鈍い呻り声のようなものを上げていた。間違いなく全員の視線と身振りは一点を指しており、その対象はマルグリット嬢であった。彼らの猛々しい表情には現在の憎しみと過去の恨みとが混ざり合っていた。
哀れなマルグリット嬢はそのことが痛いほど分かったが、類まれな精神力でこの嵐のような集団を前に頭を高く掲げ、卑しい嫌疑に対し答えることを退けていた。彼女にはしかし味方が一人いた。治安判事である。
「もしも相続財産であるべきものが盗まれたとするなら」と彼は言った。「その犯人を捜し突きとめねばならぬ。しかしその前に明確にしておかねばならぬことがある。マルグリット嬢が書き物机の鍵を持って自由に使っていたと申したのは誰じゃ?」
「私でございます」と答えたのは下男だった。「私は昨日の朝、伯爵様がお嬢様に鍵をお預けになったとき食堂におりましたので」
「伯爵は何故彼女に鍵を委ねたのか?」
「そこにある小壜、私も見て分かりましたが、それを取って来て貰うためでございます。お嬢様はそれを持って下に戻られました」
「彼女は伯爵に鍵を返したか?」
「はい、壜と一緒に。そして伯爵はそれをポケットにしまわれました」
判事は棚板の上に置いてある壜を指で示した。
「それでは、壜をそこに戻したのは伯爵自身じゃな」と彼は言った。「もしそのとき手形が既に盗まれておったら、伯爵はそれに気がついた筈ではないか」
この単純な反論に誰も言葉を返すことができなかった。これはまた同時に明確な無罪の証明でもあった。
「それに」と判事は言葉を続けた。「莫大な財産がこの書き物机にしまってあると言ったのは誰か? 知っておったか? お前たちのうちの誰が知っておった?」
誰も答える者はいなかった。マルグリット嬢が自分に感謝の目を向けていることに気がつかぬ様子で判事は厳しい声で更に言葉を続けた。3.12