シュパンに気をつけろと忠告するのは不要なことだった。彼は協力を約束はしたが、全面的に相手を信用したのではなかった。
「避けられる危険は危険じゃない」と彼は思っていた。「様子を見て、やばいことになりそうだったら、ほいさいなら、とおさらばすりゃいいんだ」
尤も『やばいこと』とはどういう意味なのか、それについてはまだ曖昧なままであったが。彼は本心から真人間になったのであり、金には飢えていたが、明らかに不誠実な行為には何がどうあろうと手を染めるようなことはしなかった。但し、善と悪の境界線は彼の中で明確に決定されているわけではなかった。これは彼の教育と関係があったろう。街の巡査が命じる規則がすべての人倫を反映しているわけではないということを知るのには相当時間が掛かったこととも関係していた。彼の人生に偶々降り掛かった運命とも無関係ではなかった。手に職を持たなかった彼は、上流階級から下層階級に至るまで存在する落伍者たる運命を、パリだけにある突飛な職業に賭けるしかなかったのだ。
とは言え、彼は次の朝一張羅のフロックコートを着込み、十一時半には雇い主であるフルチュナ氏の門の呼び鈴を鳴らしていた。フォルチュナ氏は既に午前の顧客を片付け、頭の天辺から足のつま先に至るまで一部の隙もない身なりで待っていた。シュパンが入るや否や、彼は帽子を被り、ただ一言こう言った。
「行こう」
シュパンを伴って着いた先はベリー通りのワイン商だった。前日彼が情報を仕入れた店である。彼は気前よく昼食を注文した。店に入るに先立って、彼はシュパンに通りを隔てた向かい側にあるのがマダム・ダルジュレの豪華な邸宅であることに注意を向けさせ、言った。
「あそこだよ、ヴィクトール。あの門から問題の御婦人が出てくる。その御子息を見つけるのが肝要なことだ」
この瞬間、母親から受けた予言的な戒めを一晩じっくり考えた後でもあり、前日あれほど彼を興奮させた良心の呵責がまた新たに頭を擡げ彼を悩ませた。しかし店の主人の言葉を耳にしたとき、それらの呵責はすぐに消え失せた。フォルチュナ氏の巧みな質問に誘われるように店の主人はマダム・ダルジュレの来歴のあらましを語り、邸で日常的に行われている眉をひそめるような振る舞いを告げていた。
「なんてぇこった!」と彼は思っていた。「これが尾行しなけりゃならない女なのか! あ~あ、でも、やってやるぜ……狙いは彼女の評判じゃないんだからな……」1.5