エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

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2020-07-24 09:03:49 | 地獄の生活

掏り切れ、垢でテカテカになった古いフロックコートを着ていたが、それは膝を隠すほど丈が長く、極端に形の歪んだ長靴を履き、くず屋でも被らないような帽子を被っていた。首の周りにはいつものエレガントなサテンのネクタイの代わりに、すっかりボロボロになったネッカチーフを結んでいた。ブルス広場界隈では評判の良い、金回りのいいフォルチュナ氏は殆ど消え失せ、残っているのは顔と手だけだった。外見は、貧しいのを通り越した、惨めな、空きっ腹を抱え死にそうな、生きていくためにはどんなことでもやる、もう一人のフォルチュナ氏であった。ところが、このぼろ着を身にまとった彼はくつろいでいるように見えた。この服は彼に似合い、長年着慣れているかのように柔らかくなっており、身体がどんな動きをしても無理がなかった。蝶が毛虫に戻ったのだ。シュパンの顔に賛嘆の笑みが広がったところを見れば、彼の苦労が報われたというものだ。シュパンが承認するのであれば、ヴァントラッソンが彼を彼がそう見せたい人物として受け取るであろうことは間違いない。つまり、他の人間の利害のために働いている貧しい男、と。

「さあ行こう」と彼は言った。

しかし出発しようとした瞬間、控えの間で、彼は一番大事な命令を伝えるのを忘れていたことに気がついた。彼はマダム・ドードランを呼び、彼女がこんな格好をしている彼を見て目を剥いているのには気づかぬ風で、こう言った。

「もしヴォロルセイ侯爵が見えられたら……見えることになっているんだが、お待ちいただくように言うんだ。真夜中前には戻りますから、と。彼を私の仕事部屋に入れるんじゃないぞ。サロンで待たせるんだ」

この最後の命令は少なくとも無用なことだった。というのは、フォルチュナ氏は彼の仕事部屋に鍵を二重に掛け、その鍵は抜かりなくポケットにしまったからだ。おそらく彼は上の空だったのだろう。それに彼は先ほどの怒りも自分の損失もすっかり忘れてしまったかのように、まるでこれから楽しみな夜会に出かける男のように上機嫌だった。

シュパンが御者台に上がろうとする素振りを見せたときも、彼はそれを制し、馬車の中に入って自分と並んで座るよう命じた。行程はさほどでもなかった。馬は良い馬で、御者は飛び切りの酒代をはずむと約束されていたので。フォルチュナ氏と彼の部下シュパンはアスニエールの門に四十分足らずで着いた。

出発時に命じられていたように、御者は城壁跡の外、道の右側で馬車を停めた。入市税納税所の鉄格子から百歩ほどの場所である。

「さあ、旦那、ちゃんとお連れしましたぜ」御者は馬車のドアを開けながら要求した。「ご満足でしょ?」

「大変満足だ」とフォルチュナ氏は答え、シュパンに助けられて地面に降りた。「そら、これが酒代だ。今からはわしらを待って貰わにゃならん。ここから動かんだろう?」

しかし御者は首を振った。

「いやいや、旦那さえよけりゃ、あっしは納税所の前で停めときたいですね。ここじゃ、うっかり寝込んでしまうかもしれないんで……あそこに行きゃ……」

「よし、わかった。行け」

御者のこの用心ぶりを見るだけで、パリのこの界隈の悪評についてのシュパン言葉が誇張でないことがフォルチュナ氏にも分かったことであろう。7.24


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