実際、この暗い夜、がらんとした広い道路、しかもこの天候でこの時間となれば、誰しも不安を覚えるのは当然であろう。雨はやんでいたが、突風は激しさを増し、木々を捻じ曲げ、屋根のスレートを引き剥がし、街灯を激しく揺さぶったためガス灯は消えていた。どこを歩いたらいいか分からぬぐらい、道はくるぶしの高さまで泥で覆われていた。人っ子一人見えず、生命を感じさせるものとてなく、時たま通る馬車も早や駆けで去って行った。
「どうなんだ」フォルチュナ氏は十歩歩くごとに尋ねた。「まだか?」
「もうすぐですよ」
シュパンはそう答えたが、実際のところ彼は分からなかったのだ。方向を見定めようとして、上手く行かないでいた。家はまばらになり、空き地はますます多くなって、ところどころに見えていた灯りも殆ど見えなくなっていた。十五分ほど難儀な行進を続けた後、ついにシュパンは喜びの声を上げた。
「分かりやしたよ!ここだ、ここだ。ほら!」
暗闇に六階建ての巨大な建物が、荒廃し、陰気な様子で、ぽつんと立っているのが見えた。それは崩れかかっており、壁には縦横に亀裂が走っていたが、それでもまだ完全に廃墟と化しているわけではなかった。ここで事業を始めようとした投機家が、完成まで漕ぎつけることが出来なかったのは明らかだった。建物の正面に夥しい数の窓が互いに近接しているのを一目見れば、どういう目的でこれが建てられたか、誰でも推測出来た。が、それでも間違いなく分かるよう、四階と五階の間にそれぞれ一メートルもあるような大きな文字でデカデカと『高級家具付き貸間』と書かれてあった。
高級家具付き貸間!誰でもすぐ分かる。たくさんある部屋、皆小さく、不便で、途方もない家賃が付けられているやつだ。ただヴィクトール・シュパンの記憶は間違っていたようだ。この建物は道路の右ではなく左側にあった。フォルチュナ氏と彼は泥の河と化した車道を渡らねばならなかった。目が暗闇に慣れてきたので、彼らが近づくにつれ、細かいところまで見えてきた。この建物の一階は二つの店舗に分けられていたが、そのうちの一つは閉まっていた。もう一つはまだ開いていて、不潔な赤いカーテン越しに光が漏れていた。この二番目の店の上に看板が出ており、店主の名前が書いてあった。ヴァントラッソン、と。そして名前の両脇にはもっと小さい字で、『乾物及び食料品、高級及び舶来ワイン』と書かれてあった。こんなところで飲み食いをしようとやって来るのはどのような客層だろうか。そして一体何が供せられるのであろうか? こう考えるとシュパンでさえ震え上がった。このみすぼらしい家には嫌悪感を起こさせる不潔さ、見捨てられた印象が充満しており、極貧と卑しさを露呈していた。
フォルチュナ氏はひるみはしなかったが、中に入る前に、内部を覗いてみることは辞さなかった。彼は非常に用心深く近づくと、目をガラス戸に押しつけるように、赤いカーテンが大きく破れている箇所から中を覗いた。7.25
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