天気図上でも「冬型の気圧配置」が頻繁に現れるようになりました。この時期は、毎年恒例の「降雪量の予報」が重く圧し掛かります。この他にもローカルメディアの番組に向けた原稿の執筆などもあり、一年の中でも最もビジーなシーズンが始まりました。
これらのルーティン・ワークの傍らで、最近は時間の合間を見ながら「天候リスクマネジメントへのアンサンブル予報の活用に関する調査」の報告書を少しずつ読んでいます。この調査は、平成13年~14年度に気象庁が経済産業省と連携して実施したものです。気象の変化が事業に与える影響やリスクヘッジのための気象情報の活用と言った視点で、様々な分析やアプローチが行われております。
確かに「気象情報をビジネスに活用する」を言う発想は以前からありましたが、ニーズとシーズのミスマッチや予測限界などの課題もあり、気象情報サービス産業の市場規模は300億を超える程度で停滞する状態が続いておりました。しかしながら、気象情報をビジネスに活用することへの潜在的なニーズの高まりや気象予測技術の発展も後押しとなって、気象ビジネス推進コンソーシアム(WXBC)が、昨年の3月に立ち上がりました。
これまでも「気象情報をビジネスに活用したい」と言う潜在的ニーズはありましたが、それらに応えられるだけのソフト&ハード両面のインフラが漸く今、徐々に整いつつあるのかも知れません。いわば「現実が漸く理想に追いつき始めた」と言うのが率直な感想です。
かつて気象業務法が改正され、気象予報士制度が創設されるに至った背景にもまた、「気象情報をビジネスに活用する」と言う潜在的なニーズがあったものと認識しております。つまり、「欲しい時に、欲しい所の、詳しい気象情報」を民間企業が独自に提供するためのライセンス制度です。これを「街の予報官」と言うキャッチコピーで触れ回る通信講座もあったほどです。しかし、気象情報サービス産業の市場規模は先述の通り、停滞~漸増と言う状況が続いています。
その一方で、気象情報をビジネスに活用する方向性とは別に、防災分野における気象予報士の活躍の場を広げる動きが活発になっています。例えば気象庁では、気象予報士などを対象に「気象防災アドバイザー」を育成する研修を実施しました。地方公共団体の防災の現場で即戦力となる気象防災の専門家を育成することを目的としたものです。
これに留まらず、(一社)日本気象予報士会では、各地の気象台で実施される「お天気フェア」のイベントへの協力や、各地の気象台と連携して防災知識の普及を目的とした出前講座を実施しています。地域の皆様に対し、一般的な気象に関する知識を広め、理解を深めて頂くことは、グラスルーツ(草の根)の防災啓蒙活動と言えるでしょう。個人的な印象としては、どちらかと言うとビジネス面への応用と言うよりも、広く防災面の啓蒙活動の方にベクトルが向いているように感じています。
さて、私が専門領域として掲げているのは「計算・局地気象分野」と「経済・金融気象分野」です。これは大きく分けて3つのキーワードから構成されています。
一つは「地域気象」です。山形県の冬の気象への取り組みに代表されるように、あくまでも地域に根差した「どローカル気象」を対象として、予報・解析・研究を行っています。従って、気候変動や地球温暖化などの話には余り詳しくありません。
続いては「数値シミュレーション」です。過去の記事「一人の『工学屋』のポジションから『局地気象』に向き合う」でも述べたように、気象予報士は「対象地域の局地気象特性を調べ、その知見を基に解析モデルを構築し、気象庁等から発表される様々なデータと組み合わせて予報できる」人材であると考えています。
私は、その実現のために「熱流体解析」や「人工知能」などの数値解析を用いています。その取り組みの詳細については「計算・局地気象分野」のカテゴリをご参考下さい。
そして3つ目が「数理ファイナンス」です。地域に根差した気象情報を発信するために、地域の気象に関する研究・解析を重ねて、予報を行うわけです。そこで、改めて考える必要があるのは、そのような詳細な「どローカル気象情報」が必要とされるのは何故か?と言うことです。どこに向けて発信し、どのように役立てていくのか。
確かに、地域の防災に役立てる意味はありますし、地域のコミュニティ放送でも役に立てるでしょう。他には何があるのか・・・。ここで答えに詰まってしまうと、それこそ「ボーっと生きてんじゃねーよ!」と、5歳児のチコちゃんに叱られてしまいます。
そこで「気象情報をビジネスに活用する」と言う原点に立ち戻るのです。気象データの解析や局地気象の予測を行い、さらに「その知見を様々なビジネスに活用する」こと。これが、気象予報士の活躍するフィールドになると思います。そこまでを見据えたときに、ビジネスにおける気象情報の活用の意味を改めて考えると「マーケティング」と「リスクマネジメント」が大きな所ではないかと考えます。
とは言え「マーケティング」もまた「売れ筋商品の潜在的なニーズの変動」と捉えれば、これもまた一つの変動し得る「天候リスク」になるので、究極の所「天候リスクマネジメント」に収斂するでしょう。
気象要素の変動の幅を早い段階で予測することができれば、その範囲で必要な対応策を講じることができる、と言うことです。株価などの変動の幅を予測する上で用いられるのが金融工学ですが、気象要素は物理法則に則ってある程度は予測可能です。しかしながら、現時点では金融工学的手法に負う所が大きいのではないか、と感じております。その基礎理論にも登場する確率微分方程式を数値解析で解く、というものまた興味深い研究分野です。
また、実際の事業計画に際しては、意思決定からその効果が発現するまでの時間(リード・タイム)が短期間であれば「ウェザー・マーチャン・ダイジング」、長期間であるならば「ウェザー・デリバティブ」などの使い分けも可能です。
さらに、最近は長期予報の情報も充実してきています。本業では余り長期予報を扱わないのですが、特に2週間~1か月程度の中長期予報の予測データ(GPV&ガイダンス)に関する高解像度化が進んでいます。このようなデータを用いたウェザー・リスクマネジメントに関する研究にも取り組んでみたいと思っています。
この冬は『会社のスタッフ』の本業としては、降雪予報やローカルメディアの気象担当、その他諸々など、ビジーな日々を過ごしております。しかし、それは私にとっては「ホンの一部」に他なりません。本業の枠にとらわれることなく、『一人の専門家』として「地域気象の数値シミュレーションから、地域における天候リスクマネジメントまでを俯瞰できるようなビジネスモデル」にも取り組んでみたいと考えています。
さて、来る2019年2月24日には、(一社)日本気象予報士会「第11回研究成果発表会」が開催されます。先日、正式に発表の申込手続を完了しました。今回は「天候デリバティブ」に関する演題でエントリーしました。十数年前、余りの難解さに「天候デリバティブ」を学ぶことを一旦は放棄した私ですが、そのような経験を持つからこそ「天候デリバティブの考え方について少しでも判りやすく解説したい」という熱い想いを持って挑みたいと思います。
このような私の取り組みは、気象界の中でも正に「グラスルーツ」です。もとい、見過ごされがちな雑草のような存在です。しかし、そこから新しいイノベーションにつながれば、何か飛躍のチャンスが巡ってくるのではないか、と感じております。少しでも興味を持って頂けたら、嬉しいです。