モルモンの泉

個人的に信じていること、感じていることを書いてみました。
気楽に目を通していただけるなら幸いです。

心の清い者

2021-09-09 06:34:14 | わたしに従って…
心の清い者とはあなたにとってどのような意味ですか。
(わたしに従ってきなさい 9月5日)


つい先日、ちょっとしたミスをしました。
些細なことなのですが、そのことで少しの間平安を失ってしまいました。
(皆さんもそんなことってありませんか?)

「平安を取り戻せますよういに」と祈りました。
その時ふと思ったのですが、福音を知る前は平安のないまま
それが普通で生きてきたように思います。
福音によって心の平安を知り、いつの間にか
それを失うことに耐えられないほどにまでなっていたのです。

福音に出会う前は平気で噓をついていました。
人を傷つけることも気にせず、
言葉に気を付けるなんて格好悪いくらいに思っていました。

それが今ではどうでしょう。
「言葉の使い方を誤って人を傷つけたのではないか」と思うと気が気ではありません。

汚れた服を着ていると、新たに汚れがついても大して気にもなりません。
汚れのないきれいな服だと、汚れが付かないように気を付けるし、
もし汚れが付いたら気になって仕方がありません。

心も同様かもしれませんね。
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必要

2021-09-09 06:19:45 | モルモン書
「自分…が必要とした…ものを豊かに持つようになった」アルマ1:29


スマホは必要ですか?
ほとんどの人が「必要」と答えることでしょう。
その理由の多くは「今どき誰でも持っているから」というもののようです。
「スマホがなくても生きていけるでしょ?」と言うおものなら
白い目で見られるかもしれませんね w

食糧貯蔵について語り合うと、「飽きないように」とか「美味しくないと」、
さらには「栄養のバランスが」という話まで出てきます。
非常食とは‟生きるか死ぬかの状態で、その場を生き残るため”のものです。
「お米をかじって水を飲めば飢えをしのげますよ」と提案したらどう思いますか。

福音の教えに出てくる‟必要なもの”とは命を保つために最低限必要なものです。
その基準で考えるなら、次の聖句の言わんとすることが理解できると思います。
「各々自分の持っている分に応じて…分け与えた」アルマ1:27
当時の人は生き残るために日々を生き、分かち合い、助け合ったのです。


今の時代の有り余る豊かさの中で、多くの人が‟欲しいもの”を求めています。
「欲しいものがないと生きていけない」と考えてしまうこともあります。

‟必要なものと欲しいものを仕分ける”
今の時代にそれはちょっと難しい作業のようです。
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