モルモンの泉

個人的に信じていること、感じていることを書いてみました。
気楽に目を通していただけるなら幸いです。

犠牲と報い

2021-10-30 05:13:04 | 福音について
犠牲を払う価値はどこにありますか?


福音は犠牲を求めますが、その犠牲に対する報いも明確に教えられています。
誰も‟報いのない犠牲”を払おうとは思わないでしょう。

報いを知る必要があります。
そうすれば小さな犠牲を払うことができます。


小さな犠牲を払えば小さな報いが増し加えられます
報いを経験して知るとさらに犠牲を払うことができます。

その繰り返しによって報いは増し加えられ、犠牲を払う信仰も成長します。

誰も‟報い(価値)のない犠牲”を払おうとは思わないでしょう。

(神殿セミナーで話しました)
コメント

業を告げ知らせるのに

2021-10-30 05:08:43 | モルモン書
「神は…大いなる驚くべき業…を…告げ知らせるのに…たった一人しか送らないのか」アルマ9:6


わたしに送られてきたのは二人の若者でした。
彼らの話を聞いてキリストに導かれる教会の存在を知りました。

彼らの訪れは粉雪の降る寒くて暗い夜でした。
その訪れもメッセージも、決して華やかなものではありませんでした。

神の業はいつも簡素で質素なもののようです。
世の中の多くの人が彼らの言葉に耳を貸そうとしないのはそのせいかもしれません。

「神の業はもっと華々しいものであるはず」と考えているのでしょうか。
それはまるで「主の再臨は華々しいものである」と信じているのと似ています。


ジョセフ・スミスに天父とイエス・キリストが訪れました。
人知れず、森の中で、秘かな訪れでした。

イエスは人知れずこの世に生まれました。
神から救い主として遣わされたのは彼一人でした。
彼の業は多くの人々が期待していた‟華々しいもの”ではありませんでした。

「もし彼らが…耳を傾けないなら…その勧めを聞き入れはしないであろう」ルカ16:31
コメント