ゆずりは ~子想~

幼い葉が成長するのを待って、古い葉が譲って落ちることから名付けられた「ゆずり葉の樹」。語りつがれる想いとは・・・

第31回 八戸花火大会

2011年08月22日 | 子ども
八戸の花火大会へ行ってきました。

今年は4000発の花火が、空をそして海を、美しく彩りました。


はじめの、鎮魂の白い花火が、

ドン ドン と

胸に響きます。


ラジオを聴きながら花火を見ていましたら、

これは、鎮魂の花火です、とアナウンスがありました。


白くて小さな、まるで魂のような明るい光が

夜空に浮かび、そして消えました。

子どもたちにも促し、

胸に手を当てたり、両手を合わせたりして、

震災のことを思いながら、祈りました。。。



そして、華やかな花火大会の開催です。

BGMが流れての花火もあれば、

まるでライトアップしたかのように、

水面に浮かぶように見える花火もありました。


二連、三連の花火が、

各所からよくあれだけタイミングが合って点火できるものだと、

感心しました。


いろんな形の花火に、感動しました。


第31回にちなんだ、7寸玉以上の花火が31発、連続で上がったことも、

驚きでした。

7寸玉の直径は、約200メートルなんですって!

すごく大きいのですね!!


会場となった、館鼻岸壁は、3.11の震災で津波の被害が大きかった場所のひとつです。

大きな漁船が横たわり、

打ち上げられ、

多くの工場や企業、家屋が

波に飲まれたところです。

車が流され、

車に乗っている時に流されながらも、助かったというお話をしていました。


花火には、鎮魂という想いが込められているのだと聞きました。

その花火が、夜空に浮かび、

子どもたちと花火の美しさを

純粋に楽しみ、

夜店を楽しみました。


花火を見ながら、被災された方のことを思いますと、

悲しくなったり、憂いたりもしましたが、

それでも、「がんばろう!」というメッセージをいただきました。


そうだ!
悲しんでばかりはいられないんだった!

がんばっていこう!
がんばって、生きていこう!

そう思いました。


小学校のバザーで、被災地産品を販売できることとなり、

それに向けて、準備を始めます!

夏休みバージョンは、花火の夜で終了。

今日から、スイッチオンです。










八戸市中心街活性化市民ワークショップ

2011年08月12日 | これも自分あれも自分
昨年度に引き続き、お声がかかりました。

八戸市中心街活性化市民ワークショップのスタッフに。


今年度は、もう、昨年度みたいに暇ではないはずだったので、

お断りしていたものです。。。


が、

何度かの要請により、結局は関わることに相成りました。。。


私の担当は、昨年度と同様、「遊びプロジェクト」。

子どもを巻き込んで、子どもと一緒に遊びつつ、

子どもたち同志のコミュニティを作ることを目的とした事業です。


まずは、遊び場の創出、しかも外での遊びの場が必要と。


スタッフは、わずか私を含めて2人。

高専の先生、よろしくお願いします。

σ(・_・)、専門家ではないので、足手まといだと思って、

お断りし続けていたのです。

もっと、いい人材はいるはず。。。なのです。


自分の子ども時代にしていた外遊びを体現しながら、

なおかつ今の子どもたちの独自のルールを作りながら遊べる場所を

最終的に作るという目的に同意はしても、

それまでのプロセスの作成となると、

結構難しくって。。。


パートナーは、σ(・_・)じゃないほうがいいと思うんですよぉぉぉ。


でも、

呼ばれたら、行く。。。

誘われたら、断らない。。。


それって、結構自分のモットーだったりするので、

頑張ります。

引き受けたからには、ね。


どうぞ、よろしくお願いします。

合唱コンクール 青森県大会

2011年08月11日 | 子ども
長女が、小学校生活最後の合唱部で、

八戸市からの2校に選ばれ、

県大会に出場させていただきました。


本日、朝6:30に家を出て、

青森市への日帰りバスツアーです。


結果は、奨励賞という、参加賞のような賞でしたが、

全国大会に出場したことのあるという小学校の合唱を聴くことができて、

全国レベルの高さに、驚いて、そして感動して帰ってきました。


みんな、疲れながらも、

いい顔して、帰ってきたので、

笑顔で「おかえりなさ~い!」と言いました。


なんだか、

コンクールよりも、

行きと帰りのバスが、楽しかったとか。。。ははは


手と手

2011年08月10日 | これも自分あれも自分
手と手をつなぐと

なんだか

あったかいよね


子どもの小さな手が

ふっと、私の手を掴む

あったかい

やわらかい

やさしい

愛だなぁ


手から手へ伝わる

愛が伝わる


一方通行だと

伝わってこないものですよね


一方通行の手は

寂しさだけが 

募ります


そんなことも あったよなぁ



思い出すと

ほら、また

寂しくなります


夫婦ってさ

そういうところ

難しいよね


タイミングを外すと

ずっと 外れてしまいます



手を繋ぐなら

双方向の愛の交換

希望します




羽を伸ばす

2011年08月09日 | 子ども
自分の子ども時代を 思い起こしてみましょう

どんな 子ども時代を過ごしていましたか?


大人の顔色を伺ってばかりいましたか?

それとも、自由に飛び回って、思う存分はしゃいでいましたか?

いつも、びくびくしていましたか?

自分がしようと思ったことを、いつも止められてきましたか?

川で遊ぼうが、田んぼで蛇と遊ぼうが、

自由奔放に過ごしていましたか?

誰かに、見放された経験がありますか?


思い起こした時に、

最初に浮かぶこと、深く浮かんでくることがあったら、

あなたの子ども時代の中で、もっとも印象に残っている出来事かもしれません


自由に、子どもらしい子ども時代を過ごすことができていたら、

大人になった今も、自由な発想で、

アイデアマンになって、楽しく仕事をこなしているのではないでしょうか

人間関係だって、きっとうまくいっているのではないでしょうか


逆に、

子どもであるということを、押し殺して過ごしてきていたと、

感じることが多かったら、

大人になった今も、大人になりきれず、

子ども時代にしたかった自由な遊び方を、

形を変えて、しているかもしれません

人間関係にも、不器用であったり、ギクシャクしたりすることが

多かったりするかもしれません


そういう方の場合、

子どもの自分の存在を認め、

その自分の羽を伸ばしてあげる作業が必要なのです


縮こまった羽

きちんと折りたたんだ羽

傷ついた羽

他と比べて自分のものが変形しているのでは?と思い込んだ羽


自分は自分でいいのだという思いを 伸ばしてあげる

子どもの自分を 思いっきり楽しませ 癒してあげる

そういう作業が必要です


そして、もっとも大事なのは

その楽しませることだけに没頭してしまうのはなく、

なぜこうしているのか?

いつまでこうしているのか?

期限を決めて、癒すことが大事です


いつまでも、自分を楽しませるためだけに費やしていると

関わる人々は、うんざりしてきます

冷めてきます

諦めてきます


ほんとうは、自分と関わる人には

自分を理解してほしい・・・

こんな自分でも、受け入れてほしい・・・というのが

本心なのに

どんどん、周囲から人が遠ざかっていくのは

本心と真逆の結果です


すると、また沸々と生まれてくるのは

子ども時代の自分です

同じ境遇に陥るのです

子ども時代にも、こうして周囲を失望させてきた、、、という記憶が蘇り

さらに輪をかけて

自分を楽しませることに費やすようになっていきます


そうならないためには

自分自身で気がつかなければいけません

これは、子どもの自分を生き直しているのだと。

そして、それは、期限付きなのだと。


いつまでに、これは終わるのだと。

そして、その後は、別のことにエネルギーを注ぐのだという目標を立てるのです。

自分自身を癒したら、

次は他の人たちを癒すことです。


自分の子どもでもいいです。

自分のパートナーでもいいです。

親でもいいです。


自分が経験したように、子どもの自分を癒すプロセス、

温かく見守るだけでも、お手伝いになっていると思います。


相手の話をじっくりと聴くことだけでも、いいと思います。


何度も聞いた話でも、うんうんと頷いてあげることに徹することでも、いいと思います。


子どもの自分の羽を、たくさん伸ばしてあげたら、

その羽を羽ばたかせてあげるのです。


自分自身を活用するのです。

なんのために?

社会のために

そして、それはまた

大人になった自分のために。

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