ワット・マハタートを背景にライト&サウンド・ショー『アユタヤ 特色に溢れた古の都 ~栄光は永遠に色褪せない~』が開催されます。
2014年は12月12日から12月21日までの期間中に土日と最後の金曜日は2回、合計15回上演されました。
午後7時、定刻通りの開演です。
日本語版パンフレットによると、4幕の構成で、第一幕が「素晴らしき位置」『アユタヤの特徴は海へ繋がるチャオプラヤー川、パーサック川、そしてロッブリー川の3本の川に囲まれ、中洲内に位置されてため多彩な自然、資源を豊かにめぐまれ、都の建設地としては大変相応しかった。』という語りから始まります。
文面はパンフレットからそのまま転載しています。
第二幕「素晴らしき建築」『ラマティボディー1世王(ウートン王)によるアユタヤの創始当時の都の建設、他国と違い、特色を持っている文化的な建築で彫刻・美術などについて語られます。』
第三幕」「素晴らしき暮らし」『創立され長い歳月を経て平和が訪れたアユタヤでは、色々な国と盛んに交易が行なわれ、特色ある文化・伝統の業を造り出す余裕が生まれました。そんな豊かになり、油断のアユタヤをみて、敵国が攻撃してきた。その結果は、当時のスリヨタイ王妃が犠牲になってしまった。その後、アユタヤは敵国に2回も支配され、1569年と1767年には独立戦争が行なわれた。』
1351年、周辺都市国家を統一したスパンブリーのウートン王はアユタヤに王都を建設ます。ウートーン王は版図をクメール帝国へ拡大、アンコール・トムを攻撃し、人口希薄なアユタヤへたくさんの捕虜を連行します。
アユタヤの統治機構や美術様式はクメールから導入されました。
スコータイを併合、マレー半島も支配下に置き、交易国家として富を蓄えていきます。
中央の着物を着ているのは日本人でしょうか・・・。
侵略してきたビルマ軍です。
ビルマでは国家統一を果たしたタウングー王朝(1531年~1752年)が、さらに領土を拡大するため、1548年からチャクラパット国王が統治するアユタヤへ侵攻します。
ビルマに劣勢であったアユタヤを救うため戦闘に加わる、男装をした王妃シー・スリヨータイの登場です。
騎象のシー・スリヨータイです。
チャクラパット国王を助けて果敢に戦うシー・スリヨータイです。
ビルマ軍の槍先に斃れるシー・スリヨータイです。
槍で刺され象の鼻が血で赤く染まって行きます。
実際は、王の象が倒れ、助けに寄ったシー・スリヨータイはビルマ兵の草刈鎌によって殺害されたようですが、シー・スリヨータイの実在自体を証明する考古学的な資料はなにもありません。
甦った不死身(?)のシー・スリヨータイです。
タイの国難を救った四大女傑の一人で、2001年にはシリキット王妃がスポンサーとなり、スリヨータイ王妃の生涯を描いた映画「スリヨータイ」が制作され、大ヒットします。
以降、ナレースワンの映画など大時代劇映画が制作されます。山田長政を描いた「サムライ・アユタヤ -ヤマダ-」という映画もありました。
その後、ビルマはラーンナーへ侵攻、一大勢力を誇ったラーンナーも1558年に陥落、以後200年間ビルマの属国となります。北方を支配したビルマは、ラーンナーの軍勢を率いて南下、ピサヌロークを制圧します。
ピサヌロークの領主マハータンマラーチャーは息子ナレースワンを人質として差し出します。
1569年にアユタヤもビルマの攻撃で陥落します。
ビルマはマハータンマラーチャーをアユタヤの王に据えます。新王家による第20代国王が誕生します。
1571年、ナレースワンは帰国を許され、ピサヌロークの領主に任ぜられます。
勢力の弱まったアユタヤに対してクメールは反撃を始めます。アユタヤのビルマ軍もクメールからの防衛目的のアユタヤの軍備増強は認めるしかありませんでした。
この時の軍事強化で確立したのがムエタイだと言われています。
以前は軍事教練場面があったのですが、今回は省かれているようです。
ナレースワン大王の登場です。
ビルマではタウングー王朝のバインナウン王が逝去、国内が不安定になったのを見計らい、ナレースワンがビルマに対して挙兵します。
両軍の象が爪先立って気勢をあげます。戦闘開始です。
象も闘います。
象の演技もたいしたものです。
ナレースワンはビルマ軍を駆逐し、アユタヤの独立を獲得します。
1767年、コンバウン王朝(1752年~1885年)となったビルマがアユタヤを攻略、417年続いたアユタヤは滅亡します。
王都アユタヤはビルマ軍の略奪と破壊で廃墟となります。
アユタヤに再び独立をもたらしたのは、潮州系華人のタークシン王です。
潮州系中国人の支援を得てタイ人軍勢と共に1767年トンブリーのビルマ要塞を奪還、続いてアユタヤ周辺のビルマ勢を排除しました。
アユタヤのビルマ軍を駆逐したトンブリー王朝のタークシン王(在位:1767年~1782年)です。
第四幕「栄光なる世界遺産のアユタヤ」『長い歴史を持ち過去に大いに繁栄していたアユタヤを見て、世界に価値があると認めたUNESCOが1991年12月にあゆたやを歴史の街として世界遺産に登録したという喜ばしい出来事について語られます。』【日本語訳:アユタヤラチャパット大学 日本語学科】
*****
閉幕です。出演者が舞台の前に勢揃いします。
象さんがサービスの演技を披露です。
美女たちが舞台下に並んでくれました。記念撮影です。
騎馬兵たちもいます。
こちらは警備のお巡りさんです。
ライト・アップされたワット・プラ・ラームの仏塔です。ウートン王の火葬場として第2代国王ラーメスワン(在位:1369年~1370年)によって建立されました。
第34代国王ボーロマコート時代に改修工事が行われ、美術様式は殆どボーロマコート時代の様式に変更されています。
*****
帰路ワット・チャイ・ワタナラームで夜景を撮影しました。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます