【クリスマスイブにはピピちゃんと相方さんのお誕生会を開きました】
【ピピちゃんは2歳になりました!】
【カンナちゃんがケーキとチキンで祝ってくれました。ありがとう!】
【なんと偶然、同級生のおうちのケーキ屋さんでケーキを買ってきてくれました】
【とっても繊細で可愛くて、ものすごくおいしいケーキでした(*´∀`*)】
あと三日で2012年も暮れゆこうとしています。
クリスマスも過ぎ、早くも年の瀬です。
クリスマスも5日目
今日は全ての愛しき人々に「正しい決断を導くための知恵」を祈りたいと思います。
この祈りとともに思い起こしたのは、この言葉たちでした。
「ホピの長老たちの声明」
あなたはあなたの人びとにそのことを伝えてきている
けれどもいまこそがまさにその時だということを
あなたの人びとのところに戻って伝えなさい。
よく考え、重んじられるべきことがあります。
あなたがどこにくらしているか?
あなたはなにをしているか?
あなたはどんなつながりをもっているか?
あなたは正しいつながりのなかにいるか?
あなたの水はどこから来るのか?
あなたの畑のことを知りなさい。
いまこそが、あなたの真実を話す時です。
あなたのコミュニティをつくりなさい。
お互いをいたわり合いなさい。
リーダーを自分の外に探してはいけない。
いまこの時を、あなたは楽しむことができる。
いまという時、川の流れはとても速くなっている。
とても強い流れなので、怖がる人も出てきます。
それによって切り離されたように感じて、
ひどく苦しむ人もいます。
でも、その川にたどり着く先があることを、
知っていてください。
長老たちは言います。
私たちはいまこそ岸辺を離れ、その流れに飛び込み、
目をしっかりと見開き、
水の上に頭をださないといけないときだと。
その流れななかにともにいるのが誰なのかを
しっかりと見て、彼らとともに祝いなさい。
歴史のこの時において、
何も個人的にとらえてはいけない。
個人的にとらえた瞬間に私たちの精神的な成長と旅は、
止まってしまうだろう。
一匹狼の時代は終わった、皆で集まりなさい。
あなたの態度からも言葉からも、
葛藤という言葉をなくしなさい。
私たちがいますることすべてを、
聖なる方法で喜びとともに伝えなさい。
私たち自身こそ、私たちの待ち望んでいたものである。
アリゾナ、オランビ村、
ホピ独立共和国の長老たちより
今年の終わり頃になって、今やメールなどでしか人と交流できなくなった私と
貴重な言葉を交わしてくださるメール友達と新しい出会いをいただきました。
出会いに感謝感謝でゴザイマス*:・(*-ω人)・:*
出会いの中に、人の中に、いつも素晴らしい学びがございますが
この度もそうで、その方と会話させていただく内容から、
自分の友人たちの働きの素晴らしさをしみじみと感じたり、
コミュニティと言う在り方や生き方をもう一度考える良い機会を与えていただきました。
本当に出会いに感謝。その方の存在のお陰様で、本当にありがたい事です。
私の大切な友人たちは、世界で、そして日本のあちこちで
農業や芸術や、教育などなど、それぞれでいろんなコミュニティをつくり、
人と自然と世界と共に生きようとしている人が多くいます。
それぞれの持つ才能・タレントと言うギフトを最大限に使い、
それぞれが自分はこの世界の為に何をすることができるのか、
そして、自分がどう動くことが、この世界の全ての人に対して、
一番善い事なのかを、ココロ探く考えりながら愛を持って生きています。
家庭で生きる人もいれば、歌を歌う人もいるし、踊る人もいる。
絵を描く人もいるし、何かを作り上げる人もいます。
頭を使う仕事の方もいれば、手を動かし足を動かす仕事の方もいます。
一般の方も、特殊なお仕事の方もいるし、子どもらもいます。
我が身を自ら苦境において、聖なる生き方をし、修道院やお寺の奥深くで
手足が動かなくなっても世界中のすべての人のために祈っている老齢の方もいます。
町や村みたいな場所を造って暮らしている人もいれば、
一つの家にシェアしながら暮らしている人もいるし、
住む場所ではなく、集まる場を持って活動している人もいますし、
ユニットを組んで、いろんな場に出かけていく人もいます。
私の友人たちは誰も人と戦うような形は取らないし、声を荒げたりもしませんが、
例えば311以降、誰よりもどこよりも早く原発停止の署名運動を始めたり、
そう言った世に憂う事が起きると、それと同時に、
その影響を受け困る人々が生まれることを決して忘れず、
他の人が起きたことに怒りをぶつけたり、暴言を吐いたりしている間に、
影響を受けて立ち止まる人たちを支えるための活動をしたりしています。
例えば、今なら、安全な種を守るためのシードバンクを始めたり、
自然エネルギーに寄る電力会社を立ち上げたり次々と活動しているのです。
脱原発をするのも、何をするのも、自分が危ない、
自分と周りだけが助かりたいからじゃなく、
それをすることがこの世界にとって一番善いと思うから。
その為に近くにいる人たちと、一緒に笑い、
一緒に涙を流しながら必死に生きているのです。
私の一番の心友は、今のこの世の中に、わずか4万円のお給料で
子どもたちの為に私設の幼稚園の先生として働いています。
朝も昼も夜も、子どもたちのために考え、いろんな準備をします。
この幼稚園はお昼ご飯もおやつも先生が用意をします。
お誕生日やクリスマスの贈り物も全て先生の手作りです。
彼女は長野の雪深い村で、エアコンもない古屋に工夫しながら暮らしてます。
生活する為には、もちろんお金が必要ですから、
子供たちのための幼稚園が終わると養護ホームで働くのです。
電車に乗って、自腹で交通費を出して行ってます(^◇^;)
電車賃を引いたらたくさんのお金は残りません。
きっともう少し割のいい仕事もあるでしょう?と聞くと、
だって、待っててくれる人たちがいるから、と笑うのです。
辛いとも、苦しいとも、大変だとも聞いたことがありません。
今日ね、皆とこんなことしたよ、あんなことしたの、と楽しそうにいいます。
自分が彼らのためにしていることを、彼女は「してあげている」なんて風には、
これっぽっちも思っていないのです。だから、そんな彼女の周りには、
いつも彼女を愛する人たちの心があってあたたかいのです。
昨年冬からは「ご主人様」という心強い同志が増えて
二人でそう言う暮らしを楽しんでいます。
こうして、生活に密着している中で人の為に生きている人もいれば
ネットなどを最大限に使って、人を助けている人もいます。
形はいろいろですが喜んで自分と時間を捧げている人々が確かにいるのです。
共通しているのは、自分の出来ることを躊躇せずに使って行動していること。
そして、自分の感情優先で生きているのではなく、
向き合う場所に誰かがいて、その人たちと共に歩んでいること。
「何も個人的にとらえてはいけない」
ホピの長老たちはいいます。
確かにコミュニティって繋がり方を間違えるとすぐに崩れてしまいます。
誰かが一人の考えを押し通そうとしたり暴走すれば必ず崩壊するし
ここは自分がいるから成り立っている、なんて考える人がいたら
その時点で「共同体(コミュニティ)」などではなく
そこは誰かの為に存在する「帝国」になってしまいますから。
それではいけない。そうさせる側にも問題があるのです。
ホピの長老たちが言うように、コミュニティで生きるには
それぞれの魂が自立していなくてはならないのでしょう。
ネイティヴアメリカンの世界では、
7代先の子孫と兄弟である地球のことを考えて今日を生きます。
今日の一日が、7代先の未来にどんな幸せをもたらせるかを考えます。
共同体という生き方の中で、助け合い、自分を捧げて生きます。
悪口を言ったり、自分の栄誉を自分の口で讃え自慢する様なことはもっとも蔑まれることです。
家族が亡くなるとギブ・アウェイと言って自分の持ち物を周りの人に全て差し出します。
周りの人々は、その捧げ物を大切に受け取り、思い出と共に大切にします。
そして、全てを捧げた人のところには、また新しい何かを持って集まるのです。
それは決められたことでなく、心がそうせよと思うからするのです。
本来、この地球に住む全ての人々が、このようにあるべきで
地球という共同体の一員でなくてはならないのだろう、と感じます。
そして、お互いがお互いを思いやって生きていくことが大切なのだと感じます。
311以降、日本は大きな驚異にさらされていますが、
そこで私が分かった事は、今まで以上に、人間が大切なものの本質を知り、
そして考え、動くということ。そんな感じがしているのです。
万一、また未曾有の災害というものに晒されたなら。
この地球がそのような状態に置かれたなら。
昔、何もなかった頃、それでも自然は人より先に成長を遂げ、
その恩恵に預かって、人はこうして生きてこれました。
もし今の地球で、大きな災害が起き、物質的なものの意味がなくなり、
更に自然も失うという状態になったら、人間は、生命は、果たして生きていけるのか?
薬に頼る人は、その薬がなくなったらどうします?
お金に頼る人はそれが消え失せたらどうします?
そこに残るのは何?残ったものをどうするの?
そんな風に今は日々の中で感じながら考えて生きるようになりました。
私の友達の様な生き方を、中には笑う人もいれば、
こんな時代におかしいんじゃないの?っていう人もいます。
でも311が来て分かった事は、そういう人たちの生き方は
そして暮らし方は、何があっても揺るがない、ってことでした。
私も魂深く、この世と共鳴できるように耳を澄ましながら
受け止めた音を体現しつつ、暮らしたいなぁと思います。
あれこれ言ってるだけより、何かを出来る人でありたいと思います。
そんな生き方を彼らから学び、この先も出来ることを続けていけたらと、
心の底から願う、2012年の年の瀬を迎えています。
あと二日、2012年を最後まで大事に生きたいデス(*^_^*)