長岡京エイリアン

日記に…なるかしらん

在りし日の名曲アルバム  鬼束ちひろ『月光』

2014年09月18日 11時28分11秒 | すきなひとたち
鬼束ちひろ『月光』(2000年8月リリース 東芝EMI)

 『月光』は、鬼束ちひろ(当時19歳)の2ndシングル。作詞・作曲は鬼束ちひろ、編曲は羽毛田丈史(はけた たけふみ)。
 『月光』を主題歌とした TVドラマ『トリック』がヒットしたこともあり、オリコンウィークリーチャート初登場30位から最高11位までランクアップ、10ヶ月近くもチャート内にランクインするロングヒットを記録した。累計出荷枚数は60万枚を記録している。これは鬼束のシングル作品では自己最高である。
 もともと、この作品は2枚目のシングルとしてリリースする予定はなかったが、『トリック』のヒットにより、シングル『 Cage 』に先駆けて急遽シングル化された。

収録曲
1、『月光』(5分9秒)
・テレビ朝日系連続ドラマ『トリック』主題歌
・全国東宝系公開映画『トリック』、『トリック ラストステージ』主題歌
 抑圧からの開放を願うミディアムバラードである。
 TV ドラマのタイアップに起用され、ドラマのヒットにより急遽シングルリリースが決定したため、鬼束の全作品中でも最も制作期間が短い。プロデューサーの羽毛田丈史は1stベストアルバム『 the ultimate collection 』(2004年12月リリース)のライナーノーツで、「楽曲のアレンジが3パターン、ピアノのみ、ピアノとストリングスカルテット、バンド、それぞれ存在した。ピアノだけでは強烈な歌詞には脆弱で、バンドでは楽曲の持つ美しさや儚さが損なわれる恐れがあるため、ピアノとストリングスカルテットを採用した。」と語っている。ちなみに、ピアノのみのバージョンは翌2001年にリリースされた1stアルバム『インソムニア』に『月光 アルバムバージョン』として収録された。
 この楽曲のヒットにより「鬼束=月光」というイメージが定着してしまったため、鬼束本人は後に「この曲は嫌い。」と、音楽雑誌や公式ファンブック『 Pretty Witch Complete Book 』で発言している。なお、本曲は小原孝、ニコチン、徳永英明、ソルジャら複数のアーティストによってカバーされている。

2、『 Arrow of Pain 』(5分15秒)
 1stアルバム『インソムニア』に未収録だったのちに2ndアルバム『 This Armor 』(2002年3月リリース)に収録され、映画『グローウィングローウィン』(2002年 監督・堀江慶)で挿入歌として使用された。


 う~ん、なんてったって月光。本人が嫌いだって言ってたって月光。
 あっ、仲間由紀恵さん、ご結婚まことにおめでとうございます!! なんとタイムリーな、ねぇ。
 実は、何日か前にこの「鬼束ちひろを聴く」シリーズを始めるにあたって、いくらなんでも「なぜ今……?」という躊躇が自分の中でなくもなかったんですが、こういうつながりがなくもないニュースが報じられると、このタイミングで始めてやっぱり良かったんだな、とホッとしてしまうんですよね。しかも、よりにもよって『月光』の回をアップするときにこれなんですもんね! まさしく「やらないで後悔するより、やって後悔したほうがいい」! 『トライアルかおる』ですね。

 さてこのシングルも、1曲目で暗い内容、2曲目でちょい明るめのメロディといった「下げて上げる」構成は『シャイン』とまったくいっしょなんですが、大きく違うのは、『月光』が聴けば聴くほど救いのない内容なのにメロディがひたすら美しいことと、どちらも歌詞世界に「あなた」という、明確な他者が存在しているということなんですね。これは大いに違いますよ!

 前作では自分以外の存在が言及されないひとりごとか、外部の世界ぜんたいがまるごと敵であるかのような視点しか語られず、まぁそれはそれで作詞しなければ生きていけないという意思がはっきりしていていいんですが、その反面で隠しようのない幼さが露呈している歌詞になっていたような気がします。
 ところが、今作の2曲は「いなくなったあなた」と「私の意思の通じないあなた」という相手がいる世界なので、ものすごく人口に膾炙するものがあるというか、聴く人それぞれの記憶の中の「あなた」を想起させる許容範囲の広さがあるんですね。「いなくなった」り「意思の通じない」他者に出あわずに生きてこられた人なんて、いませんよね!? これは共感せずにはいられませんよ。まぁ、例によって内容は非常に抽象的で幼さも残ってはいるわけなんですが。
 『 Arrow of Pain 』なんて、相手とのコミュニケーションの手段が「矢を射る」っていう思いっきり原始的な狩猟法にたとえられてるんですからね。「愛する」と「殺す」が紙一重っていう思考は……ステキに危険だ! だから鬼束さんは、自分のファッションやパフォーマンスでことさらに奇矯なことをやらなくても、自分の作った歌を唄っているだけで十二分に「もののけ姫」なんですよ。余計なうじゃらぐじゃらはやんなくていいんです!!

 「あなた」が非常に大事な存在であることはわかるのですが、それが恋愛対象の誰かなのか、家族のようなちかしい身内なのか、解釈が自由になっているのも魅力的です。要は聴く人しだい! 恋愛ソングにしては、妙に「わたし」の割合が大きくて、「あなた」の説明が少ないんですが。

 それにしても、『月光』のメロディの、歌詞の内容とまったく相反している美しさはすごいですよね。要するに、人が大事な存在をなくして嘆き悲しむさまがひたすら美しいという、嘆き悲しむ人の事情自体はまったく無視している視点の高さが、人間の事情を超えている神とか自然、ただ光を放って人を照らしているだけの「月」の高みにまで達しているということなんでしょう。この歌のタイトルを『月光』にしたというのは……まさに神業。本人さえもが、「この後キビシイな~。」とうとんじてしまうようなケタはずれの出来になってしまったのは、まさに神さまのいたずらなのでありましょうか。

 非常にミーハーなことに、私が決定的に鬼束さんにイチコロになってしまったのは、ドラマ『トリック』第1期の最終回のエンディングに、鬼束さんが説明しようのない不可思議な演出で「特別出演」していたのを観たときでした。いや~、ありゃないよ! 19歳の娘ッコをひっぱりだして「誰? 通りすがりの神さま?」みたいな立場においたら、そらぁ視聴者も目を奪われるでしょうよ!! やられましたね~。ただ単に堤幸彦さんが好きだったってだけなんでしょうけれども。それは『 edge 』の PVを観ても明らかですよね。

 ところで、鬼束ちひろさんの楽曲をカラオケで歌唱したことのある方ならばご共感いただけるかと思うのですが、特にこのシングルの2曲は、聴くたびに「アゴが痛くなる」感覚を思い出させるものがありますね。

『月光』のサビは、「あいあむ がぁっ!! ちゃぁあ~あいるぅ」
『 Arrow of Pain 』のサビは、「あぁたぁあ~しのっ はぁなぁあったぁやぁわぁ~ぁあっ」

 はい、どちらも、みごとにサビ部分で口を全開にする「あ」母音がこれでもかというほどに連続するんですねぇ。唄う人は、あたかも食事中のウバザメのように大口を開け続ける必要に迫られるわけでして、この2曲にかぎらず鬼束作品では、顎関節症の人には絶対におすすめできない楽曲が目白押しになっています。「い」でも「え」でもなくて、なぜ「あ」が好きなんでしょうか。そこに楽曲のはかない雰囲気とはまったく異なる、肉体にわざと過酷な負荷をかけるスポーツマンシップを感じるのは私だけではないはずです。なんとマッチョなこだわりなのだ……さすがは、九州女子。

 さぁ、シングルの2曲目からものすんごい名曲をぶっ飛ばしてしまった鬼束さん、これからいかがはせむ!? 天才はつらいのねぇ。
コメント
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