私魚人(あいうおんちゅ)~定年親父の魚三昧:タナゴ仕掛けとガサで出会った魚たち~

50年続けた魚遊び。胴長ガサガサもしんどい。ならば釣りだ!野遊びだ!タナゴから珍魚・駄魚釣りへ!地元の生き物探しへ!

国道冠水 その後

2018-07-08 18:55:41 | 自然
2018年7月8日(日)

我が家の近くの国道の冠水も雨が上がった午後には消えていた。

左が昨日の午後、右が今日の午後。


まだ、車は通行止めなのだが・・・少し歩いてみる。

線路を挟んだ向こう側の浸水はおさまっていない。

交通網はアチコチで遮断されているみたいだから
近辺のことしかわからないケド・・・もうしばらくはおとなしくしておこうと思う。

国道横の里山はおおいかぶさるような急傾斜。
それでも保水力はかなりあるようで、崩れる気配はない。


コシアキトンボがアスファルトの水たまりに産卵中だった。

「こんな所で産んでも死ぬのに、かわいそうに・・・」と思うか
「したたかに産卵場所を広げようとしてるなあ・・・」と思うか
少産少死型の人間に、トンボの立場をうんぬんかんぬん言えやしないもんな。

まだまだ近隣の県も含め、被害・災害は広がっている。

池のほとりに咲いていたヤブカンゾウ(かな?)とヒルガオの花で


少しでも気持ちが安らげば・・・幸いです。

豪雨災害に思うこと

2018-07-08 12:12:12 | 自然
2018年7月8日(日)

ここ数日、かつてない規模の大雨によるさまざまな被害状況が報道されている。

河川の決壊・浸水による被害、土砂崩れによる被害・・・
懸命に対応されている現場の方々には心から頭が下がりつつ
その度に心がキリキリと痛む。
そして、とても悔しい。

誠に勝手な考え方に過ぎないことを前もって書いとくけど。

まず、河川災害のこと
20数年前からいろんな公開討論会などなどで
「50年・100年に1度の水害に備えた大がかりな河川工事を進めている」(例えばスーパー堤防)と
「人の生活が最優先なので、生態系への配慮はその後の検討事項」と
胸を張って豪語されていた国交省のおえらいさんたちの顔は今でも忘れない。

それができるのならば、至極当然に第一義として受け止めることだから
生態系・多様性への配慮のことは明るく軽くお願いする程度でしか話せないまま・・・

数年後、結局この国の指針は不況とともに大きく変更した。
一言で言えば「できない」と。

できないならできないでもいい。
無駄な税金を費やす前に、早く決断して欲しかった。
各自で身を守るべき指針を早く示して欲しかった。
それなりに自分たちで考え、工夫する時間だって必要だし・・・

今さら「想定外の・・・」とか「数十年に一度の降水が・・・」なんてお茶を濁さないでほしいと思う。
だって、かつて
「50年・100年に1度の水害に備えた・・・」と言ってた時、すでに想定内だったはずだもの。

次に、土砂災害のこと
戦後の植林政策で植え続けられたスギ・ヒノキ・・・
その後、外材とのコスト面に破れ、荒廃しきって放置されてしまったこの森林。
以前、街の中規模の木材屋さんにお話を聞いたことがある。

「日本のスギ林は間伐もできないままほっとかれてるでしょ。
 すると根は浅くなるんですよ。地表を横に這うように広がる。
 保水力も当然かなり落ちてしまうよね。
 土砂崩れが起きても当然なんですよ。
 少々コストがかかっても国内材を使用する方針を進めるべきでした」と。

案内された部屋にはられてた土砂崩れの写真を1つ1つ示しながら・・・
その木材屋さんも外材に頼りながらの運営を悔しがりながら・・・

土砂崩れの報道を見るたびに、そのことを思い出す。
そして、それらの報道は森林政策にほとんど触れないまま、自然の猛威を伝えてる。

なんかどこか誤魔化されてるような気がするのはおかしいのかなあ?

地球温暖化もしかり、原発もしかり。

その場その場の人気取りに見える政策を繰り返し
未来なんて少しも考えてないように思えるのは、私がおかしいのかなあ?

天災か? 人災か? 私にはわからなくなるのである。