アレクサンダル・ヘモン『ブルーノの問題』
家族旅行中に発熱し、帰りの車の中、ラジオから流れてくる曲をぼんやり聞いていた。ずっと同じ曲が流れていたはずはないのに、覚えているのは1曲だけで、いまでもその曲を聞くと子どもだった自分を思い出す。楽しくて興奮して熱が出たのだと。
8つの短編、その最初の『島』は、家族で旅行に行く話だ。
少年はいくつなのだろう。
港へ向かう車の中では、上機嫌で声が嗄れるまで革命歌を歌っていた。
ところが、桟橋には排気ガスと日焼け止めのココナツの匂いが漂い、見知らぬおじいさんが海に吐き、船はひどく古く錆びていて、喘ぎ、ゲップをしながら跳ねて進む。
(おそらくお気に入りの)麦わら帽子が風に飛ばされ「鼻汁みたいな緑色の海」に消えて、少年は泣く。
島に住む伯父さんが少年に歓迎のキスをすると、ナメクジみたいに柔らかな唇や腐敗の臭いを含む風が内臓から漏れてきて「ねえ、もう帰ろうよ!」と少年は叫ぶ。
ナメクジが這った跡のある水槽から汲まれた水、伯父さんがソ連の収容所にいたときの話、島に異常繁殖したマングースのこと、クラゲのいる湖、養蜂場の蜂が怖くて逃げ帰ったこと。
9歳の男の子にとってはどれも強烈な思い出だろう。
帰宅して、不測の事態から餌を与えられなかった飼い猫が投げかける憎悪の目も、何年経っても忘れられないことなのだ。
装画はタダジュン氏(?)、装丁は緒方修一氏。(2024)
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