山田清機『寿町のひとびと』
寿町の中を足早に通り過ぎるとき、ほかの町とは違う空気に気づく。
それは、昼間から営業している飲み屋のせいなのか、道端に座り込む人のせいなのか。それとも、ここがドヤ街で、得体の知れない場所だという偏見からくる気のせいなのか。
ノンフィクションライターの著者は、横浜の寿町を取材しようと訪れたのに、最初の頃は数十分しかいられなかったらしい。
冒頭でそんな話を読むと、360ページほどの分厚いこの本が、さらに重く感じられてくる。
数多くの人が登場する。
寿町の簡易宿泊所に暮らす人、学童保育の指導員、子どもの頃からこの町で暮らす人、簡易宿泊所の管理人、ホームレスの支援をするNPO法人、角打ちの店主、高齢者ホームの代表、教会の牧師、交番の元警察官。
彼らの話は、寿町だけでなく横浜のかつての熱を連れてくる。
点と点はやがて層になり、時代を町をホログラムのように浮かび上がらせる。
この本に収めきれなかった物語もたくさんあるはずだ。
寿町は怖いところではない。けれども、一番活気に溢れ怖かった時代を見てみたかったという思いも生まれる。
今度寿町を通り抜けるときには、少しだけ歩を緩められそうだ。
装丁は吉田孝宏氏。(2020)