ジョゼ・サラマーゴ『象の旅』
ちょっと古めかしい雰囲気のカバー。
黄ばんだ紙に描かれたイラストは、象遣いが背に乗ったアジア象が楽しそうに走っている姿。
17世紀にムガル帝国で描かれた作者不詳の絵らしい。
読み始めてすぐに気づくのは、会話が「 」で括られず地の文と一体になっていること。この独特なリズムで物語に引き込こまれる。ただし、改行が少ないので、気を抜くと話者を見失う。
ときどき、合間に著者の言葉が挟まれる。
「~読者諸賢にはご承知おきいただきたい」のように。
声に出して読んでみると、落語でも聞いているかのような気分になってくる。
語られているのは、史実に基づいた、象をリスボンからウィーンへ歩いて連れていく1551年の旅。
雪の中アルプスの山を越えるなど、そんなバカなという話に、著者のユーモアが加味され、困難な旅に楽しい色がつく。
物語の中心になるのは象遣い。
象とともにインドからポルトガルへやってきた彼は、人々の熱が冷めたあと忘れられ、まるで浮浪者のような風体で象の世話を続けていた。
それが突然、国王の思いつきで象がオーストリア大公へ贈られることが決まると、華麗な衣装を纏わせられる。
オーストリアへ着いたら、別の象遣いに引き継がれ、失職するのではと不安を抱えつつ旅を続ける。
象の気持ちはなかなか見えないが、象遣いが象をどれだけ理解し愛情を持っているかは何度も語られる。
そんな象遣いを象が信頼していることを、カバーの絵が示しているようだ。
装丁は成原亜美氏。(2022)