今回の投稿は、前回の続編にあたるかもしれない。
…「今日の一枚」は、行政からのお報せ。
少々以前の事になるが、津幡町文化会館「シグナス」の掲示板に貼り出されていた。
以下に、一部を転載する。
『津幡町青少年の家管理規則の一部を改正する規則をここに公布する。
平成25年3月28日
津幡町教育委員会委員長 ○×□
津幡町教育委員会規則第2号
津幡町青少年の家管理規則の一部を改正する規則
津幡町青少年の家管理規則(昭和45年津幡町教育委員会規則第2号)の一部を
次のように改正する。
第2条中「次の各号」を「次」に改め、同条1号中「青少年学級生、勤労少年」を削る。』
(※公布文より抜粋、ほぼ原文ママ)
注目したいのは「勤労青少年」である。
青少年保護育成条例などでは、青少年とは18歳未満の未婚の男女を指す。
これを基準に考えるなら、勤労青少年とは、
親元を離れて就職した18歳未満の若者や勤労学生と言えるだろう。
そして、上記条例が発布された当時、世の中には少なからぬ「勤労青少年」がいた。
昭和45年(1970年)頃までの地方では、
高等学校などに進学させる金銭面の余裕がない世帯が多かった。
そこで、義務教育を修めた中学卒業者たちが、
都会の工場や商店で職を得るための「集団就職」が行われた。
昭和29年(1954年)に始まり、最盛期には全国でおよそ8万人を数えたが、
その後、次第に低下。1980年代に入り姿を消した。
同時に「勤労青少年」は、マイノリティとなったのである。
…そして、社会の変化を鑑み、津幡町青少年の家に関するルールが改定された。
…「今日の一枚」は、行政からのお報せ。
少々以前の事になるが、津幡町文化会館「シグナス」の掲示板に貼り出されていた。
以下に、一部を転載する。
『津幡町青少年の家管理規則の一部を改正する規則をここに公布する。
平成25年3月28日
津幡町教育委員会委員長 ○×□
津幡町教育委員会規則第2号
津幡町青少年の家管理規則の一部を改正する規則
津幡町青少年の家管理規則(昭和45年津幡町教育委員会規則第2号)の一部を
次のように改正する。
第2条中「次の各号」を「次」に改め、同条1号中「青少年学級生、勤労少年」を削る。』
(※公布文より抜粋、ほぼ原文ママ)
注目したいのは「勤労青少年」である。
青少年保護育成条例などでは、青少年とは18歳未満の未婚の男女を指す。
これを基準に考えるなら、勤労青少年とは、
親元を離れて就職した18歳未満の若者や勤労学生と言えるだろう。
そして、上記条例が発布された当時、世の中には少なからぬ「勤労青少年」がいた。
昭和45年(1970年)頃までの地方では、
高等学校などに進学させる金銭面の余裕がない世帯が多かった。
そこで、義務教育を修めた中学卒業者たちが、
都会の工場や商店で職を得るための「集団就職」が行われた。
昭和29年(1954年)に始まり、最盛期には全国でおよそ8万人を数えたが、
その後、次第に低下。1980年代に入り姿を消した。
同時に「勤労青少年」は、マイノリティとなったのである。
…そして、社会の変化を鑑み、津幡町青少年の家に関するルールが改定された。