つばた徒然@つれづれ津幡

いつか、失われた風景の標となれば本望。
私的津幡町見聞録と旅の記録。
時々イラスト、度々ボート。

猛き君へ(平安ダークサイド)。

2024年11月09日 22時00分00秒 | 手すさびにて候。
                      

今は昔 何れの御世の頃であろうか。
大柄で逞しく赤ひげを蓄えた侍がいた。
夕暮れ時、その男が都の裏道を歩いていると---
『チュッ チュッ チュッ』
何処からか鼠鳴きが聞こえてきた。

声のする方を見遣ると、ある家の窓から差し出された形のいい手が招く。
『もし、こちらへ。閂(かんぬき)はかけておりません』
訝しく思いながらも、男は誘われるまま足を踏み入れた。
御簾(みす/すだれ)の向うから、お香の甘い匂いが漂ってくる。
覗き込んだ薄暗い部屋の中には、美しい女が一人。
脇息(きょうそく/肘掛)に躰を預け横臥していた。

耳朶をくすぐる衣擦れ。
投げ出された白い両脚。
濃密さを増す甘い香り。
口角上げた無言の頷き。
男が理性を失うまで大した時間は必要なかった。

それからというもの、上げ膳据え膳、至れり尽くせり。
振舞われる食事を愉しみ、しなやかな肢体を味わい、眠りに就く。
夢のような日々が二十日あまり流れた頃合いで、女が切り出す。

『こうして睦まじい間柄になったのは、かりそめではありません。
 二人は深い絆で結ばれた運命の相手。
 ならば、私の申し上げることに、よもや嫌とはおっしゃいませんね。
 たとえ、それが生死にかかわるとしても』
男が全面的に容認すると、女はほくそ笑んだ。

人気(ひとけ)が絶えた翌日の昼、
女は男を別棟に連れてゆき、柱を抱かせる格好で上半身を剝き出しにし拘束。
手にした細長い杖で打ち付け始めた。
風切り音を立て得物を力一杯振り下ろしながら、こう尋ねた。
『痛いでしょ?!』
『大した---うっ!ことはない』
『ふふっ見込んだとおり。--- 頼もしいわねっ!』
計80回叩かれ血が滲む背中に丁寧な治療を施し、女は豪勢な食事を与えるのだった。

それから三日ばかりが過ぎた時、再び磔にされ打たれた。
癒えて間もない傷痕に衝撃が走る。
肉が裂け、血が流れるのが分かる。
容赦なく加虐した後、無残に腫れ上がった肌を女の指がなぞり、舌が這う。
『どお?堪えられるかしら?』
『何のこれしき』
本当はもちろん辛くて仕方がない。
だが、男は汗にまみれた顔に笑みさえ浮かべてみせた。
お陰で女は感心しきりである。

手厚く介抱し、また同じことの繰り返し。
今度は仰向けに縛り付け、腹にも杖が振り下ろされる。
やがて背中は甲羅のように盛り上がり、腹は鉄の鎧で覆われた。
尋常ではないやり方で鍛えられ、戦闘体に改造された男は、
女の命じるまま盗賊の片棒を担ぐようになるのである。

ほんの手すさび 手慰み、不定期イラスト連載 第二百四十一弾
「今昔物語集 巻二十九 第三話~謎の女盗賊」。



令和6年(2024年)放映のNHK大河ドラマは『光る君へ』。

<主人公は紫式部(吉高由里子)。
 平安時代に、千年の時を超えるベストセラー『源氏物語』を書き上げた女性。
 彼女は藤原道長(柄本佑)への思い、そして秘めた情熱とたぐいまれな想像力で、
 光源氏=光る君のストーリーを紡いでゆく。
 変わりゆく世を、変わらぬ愛を胸に懸命に生きた女性の物語。>
(※<   >内、NHK公式HPより引用/原文ママ

僕は同作を観ていないので内容詳細は不明ながら、平安朝中期の群像劇と推察する。
拙ブログをご覧の貴方は、舞台になっている時代にどんな印象を抱くだろうか?
・背丈より長く伸びたヘアスタイル、大垂髪(おすべらかし)。
・色鮮やかな重ね着ファッション、十二単(じゅうにひとえ)。
・御簾の奥に隠れた高貴な男女が、和歌を詠み、愛を語り合う。
・国風文化が花開いた、煌びやかで雅な雰囲気。
--- など、絵巻物のような世界観をイメージするかもしれない。
だがそれは、アッパークラスのファンタジー。
文字通り“絵に描いた餅”だ。

現実は、誰しも安穏ではいられなかった。
満足な冷暖房・照明はなく、暗くて寒い(暑い)生活環境。
医療は未発達で、食事は質素。
栄養は充分と言えず、常に病と隣り合わせである。

更に、当時はバリバリの階級社会。
名もない民衆が、一握りの貴族を支えていた。
彼らは朝廷から取れるだけの税を絞り取られ、収奪的な支配下に置かれていた。
貴族に非ずんば人に非ず。
人権思想など影も形もなく、市井の人々が『源氏物語』や『枕草子』に登場することはほゞない。
殿上人の世話を焼く侍女などは端役にキャスティングされているが、
畑を耕す百姓、商売人は極まれに顔を出す程度。
路上を彷徨う物乞い、物影に蠢く泥棒など以ての外だ。

では、その他大勢は歴史の闇に葬られてしまったのか?
否『今昔物語集』がある。

平安期の終わりごろに編纂されたらしいという以外は、
成立過程、作者、正確なタイトルも分からない。
単に各物語の書き出しが「今は昔(意:今となっては昔の事/かつて)」となっているため、
後に便宜上与えられた名称に過ぎない謎多き文学なのだ。
全31巻のうち、現存しているのは28巻。
天竺(インド)、震旦(中国)、本朝(日本)の三部構成。
欧州~中東~北中南米~アフリカ~オセアニアの知識が欠落した当時とすれば、
世界の全てを網羅する壮大なアンソロジー。
“和製アラビアンナイト”といったところか。

そこに収められた1000以上の説話は、実に多種多様。
因果応報譚や仏教関連。
ユーモアに富んだ小話。
背筋の凍りそうな怪談。
切ないラブストリーなど、あらゆる人間像が活写され、
御殿の外に広がる、物騒で生々しい営みの片鱗を教えてくれる。
今投稿冒頭で取り上げた『謎の女盗賊』は、好例の1つと言えるかもしれない。

前述したとおり貴族階級の関心は、自分たちの周り--- 宮中のみ。
下賤な輩がどうなろうが知った事ではなく、警察機構はお粗末な限り。
結果、都は盗賊が跋扈する弱肉強食の無法地帯と化す。
やがて裕福な者は、我が身と財産を守るため屈強なガードマンを雇うように。
こうして「貴人に仕える人」=「侍(さぶら)う人」≒「侍」の勢力が拡大していった。
エピソードからは、治安悪化や武士の台頭など、
歴史が、次の時代へ舵を切ろうとする気配が窺えるのである。

--- さて、その後の二人の顛末についても紹介しておこう。

男は、女の指示に従い、色白で小柄な頭目が率いる盗賊団の一員になった。
与えられた任務は、押し入った先の反撃を黙らせる護衛役。
無事に役目をこなして家に戻り、風呂に浸かり、飯を喰い、女を抱いた。
いつもより数倍も心地好く、美味く、快楽に溺れた。
『悪くない』
男はこの暮らしを気に入った。

7~8回は罪を重ね2年近くが経っただろうか。
急に女が塞がちになった。
涙の訳を聞いても要領を得ない。
『人の世は儚いもの。いつか訪れるかもしれない別れを考えると、悲しくなるの』
嘆きの真意は見当つかなかったが、一時的な気の迷いと思うようにした。
そんなある日、男に用事ができた。
留守にするのはほんの数日。
ところが---。
帰り着いてみると、愛する女も、居心地のいい家も、何もかもなくなっていた。
『???』
茫然自失でも腹は減る。
男は生きるため初めて自分の意志で盗みを働き、縄に就いた。
そして、思い至った。

『そう言えば、一度だけ遠くから目にしたアイツ---
 盗人どもが畏敬の視線を向けていた色白で小柄な頭目の横顔は、
 ハッとするほど美しく、どこか女の面差に似ていた』

真に不可思議な話ゆえ、となむ語りたまへたるとや。
                           

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