つばた徒然@つれづれ津幡

いつか、失われた風景の標となれば本望。
私的津幡町見聞録と旅の記録。
時々イラスト、度々ボート。

津幡短信vol.110. ~ 令和五年 正月二日 。

2023年01月02日 09時36分36秒 | 津幡短信。
                    
新年おめでとうございます。
本年も拙ブログをどうぞよしなに。
今回は津幡町で見聞した、よしなしごとを簡潔にお届けする不定期通信。
今回の投稿は、以下の2本。

【元日の津幡町。】

今のところ、わが津幡町に目立った降雪はなく一安心。
曇天、少雨、小雪が続き、空は冬らしい姿ながら時折晴れ間がのぞく。
きのう(2023/01/01)午前、そのタイミングを狙って散歩に出かけた。



路面の雪はすっかりなくなり歩きやすいが、
路肩には雪だまりが融けずに残っている。
寒さはそれほど厳しくないが、暖かいわけでもない。
春まだ遠く、町内には雪への臨戦態勢が窺えた。





車輪を休める大型除雪車たち。
昨年クリスマス寒波の際の大活躍は記憶に新しいところ。
彼らは頼もしい存在なのだが、どうか出動回数が少ないことを望む。



津幡町役場前、松の雪吊り。
降り積もる雪の重みから樹木の枝を守る備え。
幹に添えた心棒を中心にして放射状に広がる縄のシルエットは、
北陸の冬の風物詩だ。
--- その背後、壁に吊り下げられた懸垂幕にはこんな文字。
『全日本相撲選手権大会 二連覇 個人優勝 中村泰輝選手』
彼は、同じ在所の出身でアマ相撲のトップランナー。
角界入りを表明していて将来を嘱望されている。
どうか、怪我なく大成して欲しい。



津幡町・横浜の「野田八幡神社」。
撮影は午前9時半頃。
近隣にお住まいの方々が初詣に訪れていた。
--- 余談ながら、地名「横浜」と言えど辺りに海はない。
やはり、干拓前の「大きな河北潟」が、近くまで迫っていた名残か。
当時は、神社周辺の地形・風景は今とさぞ違っていただろうな。
などと思いを巡らせてしまうのである。

【冬の花。】



春まだ遠い冬の只中、戸外で見かける花といえば「山茶花(さざんか)」。
花言葉「ひたむき、困難に打ち勝つ」とあるように、
日陰、排気ガスなどに負けず成長し、寒さにも負けず花を咲かせる。
美しく逞しいのだ。

そぞろ歩きながら、何か他の花の姿はないかと探してみるも見当たらない。
他の地域から届く「梅 開花」のニュースも耳にしたが、北陸ではまだ早いか。
ふと「寒桜」の木があることを思い出し、足を向けてみた。



--- あった。
冬枯れの枝にたった一輪。
風に揺れる可憐な花を見つけた。
何だかとても嬉しくなってしまったのである。
そして、ウチに帰り着くと甘い梅の花が出迎えてくれた。



津幡町・加賀爪(かがつめ)の和菓子屋さん
「高倉製菓」謹製の正月菓子「福梅」。
その紹介については菓子に添えられた「しおり」から引用したい



<加越能三州の太守 前田利常公の遠祖は菅原道真公にて、
 その家紋は剣鉢梅であります。
 前田家は代々敬神の心厚く、文化の育成に力を注ぎました。
 例えば、菓子盛等の供物すべてに梅鉢の紋章を用いたといわれ、
 そうした処から「福梅」の紀元が生れたと伝えられています。
 当地では古くからこの梅鉢を型どった紅白のもなかを「福梅」と称え、
 お正月のお菓子として永く伝えられて来ています。
 縁起の良い名前から福を以って福を返す吉祥瑞相の賀菓として
 近年御贈答、お土産にもご利用され喜ばれております。>


 
最中の皮の中には、日持ちさせるように水あめを練り込んだ硬めの小倉餡。
皮の表面には蜜を塗り、砂糖がまぶしてある。
冷えた体を温める熱い茶と一緒にいただいた。
これもまた、北陸の冬の風物詩だ。
                         
<津幡短信 vol.110>
                    

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