少し以前(2022/07/10)少年時代の夏の思い出として、
妖艶な蛾「オオミズアオ(大水青)」について投稿した。
幾つものリアクションやコメントを頂戴し、大変嬉しい限りである。
昆虫に対し関心を持つ方がいる反面、
正直、不快に思う意見も少なくないだろう。
いや、むしろ「虫嫌い」が多数派だと思う。
人が、人と違う形状や機能をもつ生き物に嫌悪感を覚えるのは珍しくない。
外敵を遠ざけようとする、真っ当な防衛反応だ。
だが、地球は「虫の惑星」である。
この星の動物種の数は900万弱で、うち100万あまりが昆虫。
好むと好まざるとに関わらず、昆虫は常に僕たちの身近にいる。
大部分が人間にとって害はなく、
また、彼らは地球環境の好循環に一役も二役も買っているのだ。
--- 今回は、そんな「異形なるもの」を愛したお姫様のハナシである。
ほんの手すさび 手慰み。
不定期イラスト連載 第二百五弾「虫愛(め)ずる姫君と大水青」。
日本古典文学の短編集「堤中納言(つつみちゅうなごん)物語」には、
10のストーリーが収められている。
その1つが「虫愛ずる姫君」だ。
それぞれの作者・成立年代が不明で舞台設定はハッキリしないが、
主人公は、おそらく平安貴族のお嬢様。
容姿端麗でありながら、端的に言って“変人”である。
歯を黒く染め目立たなくし、顔つきを柔和にするとされる「お歯黒」も、
白粉をキレイに塗るため、まゆ毛を剃る・抜く「引き眉」も、断固拒否。
立派な太眉と、獣のような白い歯が光るノーメイクで、
特に着飾ったりもせず、自然体のままで過ごしていた。
加えて、彼女は“虫ヲタク”である。
<この姫君ののたまふこと、
人々の、花、蝶やとめづるこそ、はかなくあやしけれ。
人は、まことあり、本地たづねたるこそ、心ばへをかしけれとて、
よろづの虫の、恐ろしげなるを取り集めて、
これが、成らむさまを見むとて、さまざまなる籠箱どもに入れさせ給ふ。
中にも、かは虫の、心深きさましたるこそ心にくけれとて、
明け暮れは、耳はさみをして、手の裏に添へ臥せて、まぼり給ふ。>
「姫君は常々こうおっしゃる。
人々が花や蝶ばかり持て囃すのは、あまりにも浅慮に過ぎる。
誠実に本質を見極めることこそ、優れた心の在り方だ。
そう言って、不気味な虫たちを採集し、
成長する様を観察しようと、虫籠などに入れさせた。
特に、毛虫は、思慮深く奥ゆかしいと興味深々。
一日中、髪の手入れもせず、毛虫を手に這わせ夢中で観察していた。」
(※< >内、堤中納言物語「虫愛ずる姫君」より抜粋/引用)
(※「 」内、りくすけ現代意訳)
これは、真に由々しき事態。
完璧なメイクを施し、豊かな長い黒髪を垂らしたお洒落さん。
綺麗な文字を認(したた)め、琴を奏で、和歌を詠む。
--- といった振る舞いが、当時の上流階級女子の常識。
そうして女を磨き、良縁をゲットし、お家振興を担うのが宿命だった。
それを完全に無視したかのような言動は、飛びぬけて異質。
生家にとっては、死活問題とも言えた。
世間では変わり者だと噂され、父親も「普通の女性」になって欲しいと諭すが、
まったく意に介しない「虫愛ずる姫君」。
周囲は、さぞ困り果てたことだろう。
しかし、現代の感覚に照らし合わせるとどうだろうか。
親の言いなりにならず、自分の好きな道を究め、
一事から万事を学ぼうとする姿勢と観察眼は鋭い。
嫌われているものでも、よく見れば面白みを内包している。
先入観に縛られ、気味悪がり、排除するのは愚かだ。
彼女は、そう教えてくれているのかもしれない。
すんなり受け止められて、好感が持てる。
また、美的感覚からしてもアリだ。
黒い歯、厚塗りの生白い顔、麻呂眉--- 。
う~ん、千年のギャップは大きい。
好みは人それぞれ、時代によって様々だが、
僕は、平安美人より「虫愛ずる姫君」の方が好きだ。
「虫愛ずる姫君」、そのようなストーリーがあったのですね、まったく知りませんでした。
りくすけさんの博学に感服するばかりです。
では、また。
僕が「虫愛ずる姫君」を知ったのは、
確か高校3年の終わりごろでした。
キッカケは「スタジオ・ジブリ」の創設者
「宮崎駿」氏のインタビュー記事です。
当時大ヒットした「風の谷のナウシカ」について
主人公「ナウシカ」のモデルになったのが、
「虫愛ずる姫君」だと受け答えがあり、
興味を抱いて「堤中納言物語」を図書館で借り、
ページを開いた次第です。
古典は、それ自体の面白さはもちろん、
後の世の作品で元ネタになることも多く、
それを発見する楽しさもあると思っています。
では、また。