拙ブログのタイトル「つばた徒然@つれづれ津幡」は、
鎌倉時代末期の随筆「徒然草(つれづれぐさ)」に由来している。
「徒然草」の作者は「吉田兼好(よしだ・けんこう)」。
彼が自身の経験から得た考えや逸話などを書き綴っているのだが、
その第五十五段にこんな記述がある。
「家の作りやう(よう)は夏をむね(旨)とすべし 冬はいかなる所にも住まる
暑き比(ころ)わろき(悪い)すまひ(住まい)は たへ(耐え)難き事なり」
家を造るときは、何より夏の快適さを基準に考えなさい。
冬は何とかなるが、夏の暑さを考えないで造った家は、耐え難いものだ。
--- 「吉田兼好」は京都の生まれ。
暑さ寒さ共に厳しく、雪が降らない彼の地での過ごし方だ。
京都に限らず、高温多湿な日本の夏は何処も過酷な季節といえる。
今、津幡ふるさと歴史館「れきしる」では、
空調設備のない時代、夏を乗り切る知恵と工夫を偲ぶ民俗資料展示が行われている。
今投稿では、その一部をご紹介したい。
蚊帳(かや)。
殺虫剤が普及する以前、夏は蚊が幅を利かせていた。
安眠を確保するために蚊帳は欠かせない道具で、
かつては貴重で高価だったと聞く。
僕は、子供の頃、母方のお里で使わせてもらった経験がある。
梁や柱から吊り下げられた大きな麻のバリアの中に入り見上げると、
異次元に迷い込んだような錯覚を覚えたものだ。
ガラス製 蠅捕り器。
<半円形で底のガラスを内側に折り曲げたような造りの穴があり、
ハエが入りやすいようになっています。
穴の周りに水をためて油を垂らしておき、
穴の真下にはハエの好む食べ物を置きました。
するとそこに集まったハエが飛び立つとガラスの器に入り、
穴の周りの水に落ちて捕獲できるという仕掛けでした。
朝仕掛けをしておくと夕方にはかなり多くのハエが水に落ちていたそうです。>
(※< >内、展示説明文より引用/原文ママ)
--- これには見覚えがない。
だが、小学校の理科の授業の一環で「ショウジョウバエ」を採取した事を思い出す。
バナナを餌に仕掛けた罠は、もっと小規模。
構造も単純だったが基本は同じだ。
令和の小学生は、生きたハエを実験材料にしたりするのだろうか?
他にも、色んな「夏アイテム」が展示されている。
昭和生まれには懐かしく、平成生まれには未知。
それらは皆、どこかの家庭で、誰かが使っていたものばかり。
物言わぬ道具の数々を見つめてみて欲しい。
封じ込められた人の息遣いが伝わってくるだろう。
さて「れきしる」ロビー受付前のスペースでは、
津幡町の夏の風物詩についての展示も行われている。
日本相撲連盟公認のタイトル戦「全国選抜社会人相撲選手権大会」関連展示。
ちょうど1年前にも同じ場所に並んでいた事を思い出す。
令和元年・五十回記念大会以降、
2年続けてコロナ禍により中止となったが、再開の予定。
開催日の2022年7月31日(日)は、
協賛企画として、れきしるが観覧無料に。
是非、足を運んでみてはいかがだろうか。
ひとしきり館内を見聞した後、
れきしる館長さんと関係各位に礼を述べ、立ち去ろうとした刹那---
懐かしい匂いに惹きつけられる。
蚊取り線香だ。
目覚めると、蚊取り線香の煙で霞がかかった部屋の中。
昭和の夏の朝を思い出した。
こちらロンドンは7月8日から急に暑くなってきました。それでも日本ほど湿度が高くないせいか、木陰や室内は涼しく夜窓を開けて寝ていると寒いです。
したがって英国の夏には蚊は入ってきません。でも蚊取り線香はアジアやトルコを旅行した時は欠かせない物でした。今でも各地で売っているでしょう。
日本ではもうないのでしょうか?
それにしてもガラス製の蠅鳥は見たことない優れものですね。
湿度が低くて過ごし易く、
蚊のいないロンドンの夜。
羨ましいですね。
日本の北海道に似ているでしょうか。
蚊取り線香、使う機会は少なくなりましたが、
今も国内で販売されています。
アジア、アフリカでも
「キンチョー印」が人気と聞いたことがあります。
ガラス製 蠅捕り器、
フラスコのような意匠で、なかなか美的。
高級品だったのかもしれませんね。
では、また。