永井豪(漫画家)
1972年は歴史に刻まれる奇跡の年だ。悪魔がヒーローになる逆転の発想で人間の闇を浮き彫りにした一大叙事詩と、後世に脈々と受け継がれる巨大ロボットものを確立した金字塔。不朽の名作2つが1人の漫画家の手で世に放たれたのだから。現在「W50周年記念 デビルマン×マジンガーZ展」を開催中。今なお多くのクリエーターに影響を与え続ける傑作の生みの親が語る「創作秘話」を2週に分けてお届けする。まず伝説の衝撃作品に込めた思いの丈をたっぷり聞いた。(全2回の第1回)
◇ ◇ ◇
──「週刊少年マガジン」で「デビルマン」の連載を始めた72年はデビュー6年目。最も多忙な時期で、一時は前人未到の週刊連載5本を同時にこなしていたそうですね。
──忙しさの影響からか、デビルマン執筆時はトランス状態に陥ったとか。
原稿を見直すと、「あれっ? こんなことを描いたっけ」「このセリフをなぜ」ということがよくありました。「怖い方向へ話が転がっていくな」と思いながらも、ペンが止まりませんでした。
──何かが憑依してくる感じですか。
原稿を前にすると、登場人物に成り切ってしまうんです。セリフを作るのではなく、代筆している感覚。自分はどこか遠くに置き去りにされ、完全にメインキャラの不動明や飛鳥了に感情移入して描いていました。
──終盤に主人公の明は壮絶な展開に巻き込まれ、成り切るのは相当……。
(食い気味に)しんどいですよ、本当に。終盤は1ページ仕上げるたび、どうしてこんなにと思うほど身も心も消耗しました。
──明もボロボロでした。
ギャグ漫画は入れ込み過ぎるとダメ。やや冷めた目で描いた方がキャラは楽しく動いてくれるんですが、ストーリー漫画は逆です。登場人物にのめり込むほど、セリフが生きてくることに気付き、どんどん没入しました。
──全身全霊を込めた作品なんですね。
連載にあたり、当初は「少年マガジンは大学生も読む雑誌。子供向けのヒーローものなんてやれない」と当時の宮原照夫編集長に断られたので。
──デビルマンはTVアニメ先行の企画でした。
「ちゃんと大人も読める設定に直します」と説得して連載を始めただけに、しっかり描き切らなければ、また「ギャグ漫画家」に戻されるという危機感があったんです。
──それだけ、ストーリー漫画へのこだわりが強かったのですか。
もともとストーリー漫画、特にSF志望でした。成り行きでギャグの注文をこなしていたけど、描きたい漫画を描かせてもらえない葛藤はありましたよ。
■「ギャグ」に戻される危機感があった
──デビルマンの執筆に集中したいがため、週刊連載を次々と減らし、最後はマジンガーZとデビルマンが残りました。
ギャグなら確実に人気が取れたし、編集者も「ギャグさえ描けばずっと食えるのに」と冷ややかに見ていたはず。でも、自分は「これを成功させなければ、もうチャンスはない」という気持ちでした。ため込んだマグマをバーッと吐き出すように必死で取り組みました。
──まさに「漫画家人生のターニングポイント」の作品です。その後もラストでデビルマンと密接な関係を持つ「バイオレンスジャック」、「デビルマンレディー」、メイキング編の「激マン!」、2020年完結の「デビルマンサーガ」と派生作品を50年間描き続けてきました。ご自身もデビルマンに魅了されたひとりでは?
ここまで思いを込めた作品は後にも先にもありませんから。「何か違った形でデビルマンを描けませんか」と口説かれると、つい「やります!」となっちゃうんです。
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不穏な世相が反映された黙示録的世界観
──ネット上にフェイクニュースが飛び交い、分断や憎悪をあおる発信が駆け巡る現代のSNS社会は、物語終盤の「悪魔狩り」を想起させます。人々がデマに踊らされ、最後にヒロインの牧村美樹が犠牲になってしまう。デビルマンの世界に世の中が近づいていませんか。
本当に似てきています。実は「悪魔狩り」のエピソードは憲兵や隣組など戦時下の出来事から着想を得ています。自分は戦争を知りませんが、生まれたのは終戦から約3週間後。親や先生たちが戦争体験を語ってくれたので、悲惨な戦時下を生きた人々のむなしさ、悔しさがダイレクトに伝わった世代です。自分の父は戦前に上海で貿易商をしていました。せっかく中国の財閥の人々と信頼関係を築いたのに、侵出してきた関東軍がありもしないスパイ容疑で彼らをしょっぴいていく。かばうと、今度は自分の命が危ない。泣く泣く見送るしかなかったそうです。
──そうですか。時代が流れても変わらない「人間の愚かな本質」をあぶり出しているからこそ、デビルマンは普遍性を獲得した名作と言えます。最後は人類の自滅、デビルマンvs悪魔の最終戦争に至る壮大な構想をどう練り上げたのですか。
──デビルマンは戦争に駆り出された若者をモチーフにしているのですか。
物語も個人の戦いではなく、国同士の戦争を意識しました。作品の表面には出さないけど、「反戦」をテーマに未来への警鐘を込めたつもりです。登場人物に「戦争は嫌だ」と声高に語らせるのではなく、作品からにじみ出れば面白いと思って。
──連載時は東西冷戦下。米軍の北ベトナム空爆が激化した時期とも重なります。不穏な世相が作品の黙示録的世界観に反映されているのでは?
そう思います。漫画とは結局シミュレーション、常に「もしも」です。このまま世界の対立が過熱していけば、日本はどうなるのか。まだ敗戦の記憶が生々しいうちはいいけれど、近い将来、再び戦争に巻き込まれる危ない局面が来そうな気がする。日本はもう絶対に戦争しないと今は思っていても、平和を謳歌している若者たちが戦場に駆り出されるかも知れない。別に自分は予言者ではないけれど、世界情勢の影響で軍事化していく日本の行く末をシミュレーションし、不安な気持ちを主人公の不動明に託したのです。
──デビルマンとなる明に、このままだと軍事大国になってしまう未来の日本への懸念を投影させたのですね。
平和な日本を再び戦争に巻き込むのは誰だろうと考えると一見、親友のようでいて、実は裏で戦争を画策している存在でしょう。飛鳥了はアメリカの象徴。「これから恐ろしい敵が来る」とけしかけ、日本に「悪魔の力」を持たせる役割です。
──最終戦争の舞台が中国大陸なのも意味深です。
最終戦争の地をイスラエルの「メギドの丘」と予言した「ヨハネの黙示録」は知っていましたが、日本が最終戦争に巻き込まれるとすれば、そんな遠い地になるはずはない。いつか日本がアメリカまで敵に回した時、どこで立ち向かうかと考え、中国大陸を足場に戦う事態を想定しました。当時の中国は今のように台頭していませんでしたが。
■ラストシーンは「核の脅威をイメージ」
──天使たちが明と了の背後に現れるラストシーンはもはや伝説です。
天使たちは人知を超えた「神の軍団」であり、あの「光の球」は地球上の全てを無に帰す核戦争のイメージ。ミサイルが飛び交う生々しい描写にはせず、人が触れてはいけない制御不能の巨大な力として「核」を表現したかった。原爆投下の瞬間にピカッと閃光が走り、視界が真っ白になったという被爆証言も意識しています。あのシーンの後は何もかもが「白い闇」に包まれて一掃される。核戦争が世界を滅ぼすという警告のつもりで描いたのですが、多くの読者にはあまりにも美しく見えたようで「感動しました」という手紙をたくさん頂きました。
──近ごろは世界情勢の雲行きが怪しく、核戦争の危機が増しています。
どんどん「世界の終末」に近づく予感がします。核戦争の火ぶたを切れば確実に人類滅亡です。「デビルマンの時代」が来ていると思うのは作者の自分だけではないはず。今こそ半世紀前の警告を生かしてほしいですね。
(聞き手=今泉恵孝/日刊ゲンダイ)
※次回は6月15日発売号
▽永井豪(ながい・ごう) 1945年9月6日、石川県生まれ。石ノ森章太郎のアシスタントを経て、67年に「目明しポリ吉」でデビュー。68年に「ハレンチ学園」が大ヒットし、漫画界の常識を塗り替えて以降、現在まで幅広いジャンルの作品を大量に執筆。80年に「凄ノ王」で第4回講談社漫画賞を、2018年に第47回日本漫画家協会賞文部科学大臣賞を受賞。19年にフランス政府から芸術文化勲章シュバリエを受勲した。代表作に「キューティーハニー」「ドロロンえん魔くん」「けっこう仮面」ほか多数。
■特別企画展「W50周年記念 デビルマン×マジンガーZ展」 「豊島区立トキワ荘マンガミュージアム」(東京都)で開催。現在はマジンガーZをテーマに展示中。月曜休館(祝日の場合は翌平日)。特別観覧料(グッズ付き)大人500円、小・中学生100円。7月30日まで。
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