能登半島1.1地震
再開「とてつもなく長い話」
石川・七尾の和倉温泉 旅館経営者ぼう然
最大震度7を記録した能登半島地震。9日、北陸有数の温泉街、石川県七尾市の和倉温泉を訪ねました。旅館経営者らは、発生当初は宿泊客の安全確保やキャンセルの連絡などに追われました。いまも断水で営業の再開が見通せず、ぼう然とした様子もみられました。(津久井佑希、安川崇)
宿泊客が去り、ひと気のない温泉街。ところどころで歩道の石畳が波打つようにはがれ、隙間から細かい砂が噴き出したような跡が見られます。一角にある神社の境内では、鳥居の上部分と2基の石灯ろう、正月の門松が折り重なるように崩れていました。
「これからどのように再開できるのか、とてつもなく長い話」。70歳代の旅館社長は疲れた表情で語ります。同地で創業して100年以上です。
地震のあった元日は近くの自宅で寝ていました。動けないほどの強い揺れ。頭に浮かんだのは東日本大震災の津波でした。家族を高台に避難させると、すぐ旅館に駆けつけました。多くの宿泊客が屋外に出ていました。従業員の誘導で宿泊していた140人ほどは高台に。全員の避難が完了してから自身も避難しました。
浴衣だけ身に着けて避難した客。寒い避難所に飲料水や布団、売店の菓子を届けました。
高い建物の外壁には上から下までひびが。一面に亀裂が入った中庭。海に面した敷地内の堤防も崩れました。社長は「ひどいもんですよ」と声を落とします。目に見える建物被害のほかは、館内設備の状況や配管の漏水など、全く把握できていません。
「コロナが一段落して、これから多くのお客に来ていただくはずだったのが厳しくなった」。成人の日までの3連休は毎日100人以上の予約が入っていましたがすべてキャンセルしました。今年中の予約受け付けは「厳しいと思う」といいます。
いま必要なことを尋ねると、しばらく考え込んだ後、口を開きました。「(被害の大きい)輪島市や珠洲市の人が元気になること。それは能登全体が元気になることだから」
コロナ禍に借金 眠れない
温泉旅館経営者
石川県七尾市の和倉温泉。旅館経営者の中には、温泉街の先行きに危機感や不安を感じている人もいました。
ある旅館では吹き抜けや5階の海に面した展望室など多くのガラスが割れ、ロビーでは冷たい風が吹きどおしでした。経営者の男性(76)は「1年や2年では復興できないのでは」と気をもみます。
従業員には休んでもらっています。「いつまでも給料を払えないと、みんな新しい仕事を探さざるを得ない。時間をかけて営業再開したところで、従業員がまた来てくれる保障はない。先の見通しは立たない。『このままでは人がいなくなってしまうのでは』と話し合っている」
新型コロナウイルス感染症流行時のように、「雇用を維持するための、何らかの支援策がほしい」と語ります。
5階までで22室、定員約110人。地震発生時は予約で満室。8~9割の客が到着済みでした。
「障害のあるお客さんがいた。地震でエレベーターが使えないので従業員を呼んで、車いすごと5階から階段で1階まで運んだ」
タンスの位置がずれて部屋から出られなかった人や、部屋に携帯電話を置いたまま脱出した人もいたといいます。「浴衣が脱ぎ捨ててあった」
地震前に旅館を出発していた客の安全確認や、今後の予約客へのキャンセル・返金などの連絡に追われ、6日までは片付けに手が付きませんでした。
廊下や階段のいたるところで壁が崩れ、がれきが散らばっています。浴場ではガラスが割れて浴槽に倒れこんでいました。床の一部が階段一段ほど沈下した調理場では、まだ食材のにおいが残っていました。
「コロナで痛めつけられ、借金も抱えて経営してきた。正直、眠れないですよ」
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