参院選は、自民、公明の与党が改選過半数の議席を得て、非改選と合わせて過半数を維持した。有権者は政治の安定を望んだとはいえるが、ロシアによるウクライナ侵攻や円安の影響による物価高が家計を直撃しており、岸田文雄首相には「暮らし」の安定を最優先にした政権運営を求めたい。安倍晋三元首相が遊説中に銃撃され死亡する事件が起き、有権者が「民主主義の危機」を目の当たりにする中で投票日を迎えた。暴力の連鎖を防ぎ、民主主義を守るためにも、政治は主権者たる国民が選挙で示した民意に基づいて行われなければならない。争点は明確だった。食料品やエネルギーの値上げが続き、有権者は投票基準として物価高・経済政策、年金・医療など「暮らし」を重視し、自民党が主張した防衛費倍増や改憲への関心は低かった。首相は、有権者が何を求めて投票したかを肝に銘じるべきだ。
◆物価高に柔軟対応を
秋に向けて一層の物価上昇が予想される。大規模金融緩和の継続で米国との金利差が広がり、当面は円安基調が続く見通しだ。関係業界への補助金や地方への交付金だけで物価高に対応できるのか。野党が唱える消費税減税に一考の余地はないのか。大胆かつ柔軟な政策判断が必要だ。
政府は二〇二二年度第二次補正予算案を秋に召集する臨時国会に提出する方針だが、野党の意見や批判にも耳を傾け、より効果的な内容にしなければならない。賃上げも急務だ。自民党は四半世紀にわたる賃金低迷からの脱却を掲げるが、具体策は賃上げ促進税制の拡充などにとどまる。企業の税制優遇や財界への要請といった従来の取り組みに加え、より実効性ある対策を探るべきだ。だが、首相が掲げる「新しい資本主義」は具体像を結ばず「成長と分配の好循環」は依然見えてこない。安倍政権以来のアベノミクスとの違いも判然としない。昨年十月の衆院選に続き参院選でも勝利しながら「岸田色」が打ち出せないのなら、指導者としての存在意義が問われかねない。
◆「白紙委任」ではない
有権者が岸田政権に「白紙委任」したわけではないことも忘れてはならない。
自民党内には首相は「黄金の三年間」に入ったとの見方もある。国政選挙が当面ないため、賛否の分かれる政策も世論を気にせず実現できる、というわけだが、考え違いも甚だしい。例えば防衛費。自民党は国内総生産(GDP)比2%以上を念頭に、五年以内に防衛力を抜本的に強化すると訴えた。今の1%程度から年五兆円以上の増額だ。東アジアの緊張を高めないか、財源をどう確保するのかなど疑問は尽きず、首相も「政府としては数字ありきではない」と明言し、党公約との乖離(かいり)が生じている。首相が「必要な予算を積み上げる」方針を貫くなら、同様の姿勢を示す立憲民主党や公明党の意見にも耳を傾けてはどうか。自民党内では「黄金の三年間」に改憲を急ぐよう求める意見が強まる可能性もある。しかし、民意を読み違えてはならない。生活苦に直面する有権者の改憲への関心は低く、各党間の論戦も深まらなかった。年限を切った「改憲ありき」の姿勢は厳に慎むよう重ねて求める。改憲よりも、急速に進む少子高齢化対策こそ待ったなしだ。子育てや年金、医療などの社会保障政策を持続可能なものにするには、一内閣にとどまらず、超党派の中長期的取り組みが必要となる。そのためにも、国会の機能を回復することは最優先の課題だ。先の通常国会では政府提出の六十一法案がすべて成立した。国会が政府の追認機関に堕しているようでは、与野党間の建設的な議論を通じてよりよい政策を予算や法律の形でつくり上げる唯一の立法府としての役割は果たせない。国会議員に毎月百万円支給される旧・文書通信交通滞在費のような「議員特権」は、国民の常識に沿う形で改革して、政治への国民の信頼回復に努めるべきだ。
◆野党共闘再構築急げ
国会論戦に緊張感を与える役割を担う野党の責任も重い。参院選で野党共闘は不調に終わり、三十二の改選一人区での野党系候補の勝利は四選挙区で、前回一九年の十を大きく下回った。
野党陣営が内向きな主導権争いに終始し、十一の一人区でしか候補者を一本化できなかったためで当然の結果だろう。選挙で有権者に分かりやすい選択肢を示すのは、野党の重要な使命だ。政権基盤を固める岸田自民党と向かい合うには、選挙協力はもちろん政党再編も視野に、共闘態勢を再構築する必要がある。
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