パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム組織ハマスとイスラエルの交戦は100日を超えた。ガザの犠牲者は2万4000人を突破したが、出口は見えない。長年にわたり、パレスチナとイスラエルをめぐる問題を研究し、多くのメディアで発信し続けてきたのがこの人。いつになったら停戦は実現するのか。日本を含む国際社会はどう対応すべきなのか。詳しく聞いた。
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──イスラエルのネタニヤフ首相は昨年末、ハマスとの戦いについて「あと何カ月も続く」と発言。現状と今後の戦況について、どう見ていますか。
■ネタニヤフの戦略、ヒズボラの狙い
──イスラエル軍は動員した36万人の予備役の一部を撤収させるとしています。
ネタニヤフ政権は、ハマスと協力関係にあるレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラとの戦争を見据えている恐れがあります。ハマスと比べて格段に戦闘能力が高いヒズボラとの戦いに備え、部隊を再編させたのではないか。ヒズボラによる空爆の危険があるため、レバノン国境付近の住民を避難させています。住民からは「いつまで避難させるのか」「早く安心して生活できるようにしてくれ」という声が上がっています。そうした声を受け、イスラエル指導者層の間で「ヒズボラに先制攻撃すべし」との議論がなされているほどです。
──ヒズボラは8日、イスラエル軍によるレバノン南部への空爆で司令官を殺害されたと発表しています。
ヒズボラは報復に言及し、実際にイスラエルに向けてミサイルを撃っています。ただ、射程は短く、標的を軍事施設に絞るなど、攻撃は限定的です。本気でやり合う構えではありません。全面戦争になれば、レバノンが壊滅的な状況に陥る恐れがあるからです。
──ハマスを支援するイランの南東部で3日、爆破テロが発生。300人以上が死傷しました。イスラム国(IS)が犯行声明を出しましたが、中東情勢はますます緊迫しています。
このテロにもイスラエルが絡んでいるというのがイランの一部の見方です。イスラエルがイスラム国を利用してきたとの認識もあります。こうした見方からすると、イスラエルはヒズボラだけでなく、イランをも挑発しているのです。イスラエルと地域大国イランが衝突すれば、米国を本格的に巻き込んだ戦争に転がり込むことが懸念されます。つまりネタニヤフ政権が、この機にヒズボラもイランも「一気に叩いてしまえ」と考えている恐れがあります。
──ネタニヤフ首相はハマス掃討作戦は「誰にも止められない」とし、殲滅を公言していますが、いつまで戦争を続けるつもりなのでしょうか。
「殲滅」の定義は何かを考えるべきでしょう。ハマスの全戦闘員を殺すことは、とてもできません。ハマス幹部を拘束、殺害するなどして「勝った」ことにするのが、ひとつの戦争の終え方でしょうか
停戦には新たな自治政府が不可欠
──しかし幹部を殺害したからといって、ハマスそのものはなくなりません。
ハマスとは、組織であると同時に運動であり、イデオロギーでもある。共産主義や社会主義と同様です。仮に、共産党員を全員捕まえたとしましょう。だからといって、共産主義そのものが消失するわけではありません。「ハマスの殲滅」と言うのは簡単ですが、実際は不可能です。
──ハマスも戦争を続けたくないのでは?
「うたれっぱなし」の状況ですから、もうやめたいと考えているはずです。ハマスは持ちこたえさえすれば「勝ち」と言える。ゲリラと正規軍の交戦では、正規軍は勝たなければ「負け」ですが、ゲリラは負けなければ「勝ち」です。ハマスに生き残られるのが嫌だから、イスラエルは戦争をやめられないのでしょう。
──イスラエルの後ろ盾の米国は、ヨルダン川西岸を治めるパレスチナ自治政府が新体制を敷いてガザも統治すべきとしています。
──停戦実現には国際世論の後押しも重要です。米国をはじめとする各国政府の対応をどう見ていますか。
国際世論の大半は停戦を求めています。それでも、イスラエルが戦い続けられるのは、米国が支えているからです。最近、バイデン大統領は慎重姿勢を示しつつありますが、イスラエルに武器弾薬を送っているのが実態です。ロシアによるウクライナ侵攻を非難しながら、イスラエルの侵攻は後押ししている。「二重基準」が明確ですから、さすがにフランスなど欧州諸国も「ついていけない」という態度になっています。米国とイスラエルが国際社会で孤立している状況です。
──日本政府についてはどうでしょうか。
米国に気を使っているためか、強いメッセージを打ち出せていません。世論調査などの数字はありませんが、日本国民の多くも停戦支持ではないでしょうか。民主主義国家の外交というのは、当然ながら主権者の意向を反映すべき。国民が停戦を求めているのなら、政府は「即時停戦」を訴えなければならないでしょう。米国だって、いつ態度を変えるか分からない。唐突に米国が「即時停戦」を言い出し、日本だけが言及していないという事態もあり得る。いま、踏み込んだメッセージが必要です。
■オイルショックの角栄外交を見習え
──岸田政権は腰が引けていますね。
原油輸入の大半を中東諸国に頼っていることも要因のひとつです。オイルショックに見舞われた1973年当時は輸入全体の8割が中東産でしたが、足元では9割を超えています。中東諸国に「人権問題を解決すべき」などと正面から訴え、「もう日本には原油を売らない」と突っぱねられたら、何も言い返せません。この50年間、エネルギー政策を担当してきた経済産業省は一体何をやっていたのか。中東依存の低減は、喫緊の課題です。
──著書「なるほど そうだったのか!! パレスチナとイスラエル」で評価されていますが、オイルショックにあたった田中角栄政権の外交を、岸田政権は見習うべきではないでしょうか。田中首相はキッシンジャー国務長官と会談。「日本はしばらく事態を静観してほしい」と求められ、「アラブ諸国からの石油が止まった場合、米国は石油を日本に融通してくれるのか」と切り返した。キッシンジャーの答えが「ノー」だったため、日本は独自の判断で親アラブ姿勢を鮮明にしました。
日本・パレスチナ友好議連の招待で81年にPLO(パレスチナ解放機構)のアラファト議長が初来日し、東京にPLOの代表事務所が開設されました。当時、米国がアラファトをテロリストとみなしていたにもかかわらず、招いたのです。今、日本政府がガザ住民に手を差しのべるとしたら、ハマスに接触する以外に手はありません。テロ組織だから交渉しないと言っていたら、何も実現できない。
例えば、ガザ住民を支援しているノルウェーはハマスとコンタクトをとっています。米国は水面下でCIAが交渉している。諜報機関を持つ米国は建前と本音を使い分けているわけですが、そうでない日本は「接触しない」と言ったら本当に一切の接点を持たない。これはちょっと馬鹿げた話だと思います。田中政権当時のような、独自外交を追求すべきでしょう。(聞き手=小幡元太/日刊ゲンダイ)
▽高橋和夫(たかはし・かずお) 1951年、福岡県生まれ。大阪外国語大ペルシア語科卒、米コロンビア大学大学院修士課程修了。クウェート大学客員研究員などを経て、2008年に放送大教授就任。「なぜガザは戦場になるのか」など著書多数。
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