通販で買った品と一緒にアンケートのはがきが入っていた。「ご登録内容」という欄を見ると生年月日を記入するところには、大正、昭和、平成はあるが明治はない。ああ明治生まれは顧客としてはもう少なくなったのだなと思った。それでいつも使っている手帳の後ろのページにある年齢早見表を開いてみると、明治39年から始まっている。この年に生まれた人は今年100歳になる。私の父は明治38年生まれだったから、そうか、生きていたらオヤジは100歳を超しているのだなと改めて思った。
大正生まれは今年で80歳から94歳になっているし、平成などつい最近始まったばかりと思っていたら、最年長者は17歳、高校生の年齢になっている。もうすぐ成人だ。それにしても昭和は64年間続いたから長かった。あまり長く「昭和」に慣れたから、「平成」に変わった当時は、そのまま「昭和」を続けたらいいと言う声もあった。実際、以前からも計算が面倒だったが平成になると、私の母のような明治44年生まれは何歳になっているのかすぐには出てこなかった。そう言えば「明治百年」と言われた年があったが、それがいつだったのか計算するのが面倒だから分からない。
俳人の中村草田男(なかむら・くさたお)の有名な句「降る雪や明治は遠くなりにけり」が載っている句集が刊行されたのは昭和11年と言うから、その時には既に明治は遠い昔のことのように思われていたのか。内田百の随筆の中に明治時代の情景が描かれているが、ランプやガス灯の時代で何もかもが古めかしく感じられるから、その後の大正から昭和初期にかけての近代化が大きく進んだ頃に生きる者の目から見れば、私達が今明治の時代に抱く印象とあまり変らないものがあったのかも知れない。
平成も18年を終わろうとしている今、私自身のことを考えても、私が生まれた昭和初期の頃は遠い遠い昔のことのようになってしまった。いや、就職した昭和30年代の初めの頃を思い出してみてさえ、今とは隔世の感があると思うくらいだ。コンピューターなどはもちろんなかったあの頃から現在までの日本の社会の大きな「発展」が、そのように思わせるのだろう。まして明治や大正の頃などは記憶にもない、過ぎ去った時の薄闇の中にあるように思われる。
大正生まれは今年で80歳から94歳になっているし、平成などつい最近始まったばかりと思っていたら、最年長者は17歳、高校生の年齢になっている。もうすぐ成人だ。それにしても昭和は64年間続いたから長かった。あまり長く「昭和」に慣れたから、「平成」に変わった当時は、そのまま「昭和」を続けたらいいと言う声もあった。実際、以前からも計算が面倒だったが平成になると、私の母のような明治44年生まれは何歳になっているのかすぐには出てこなかった。そう言えば「明治百年」と言われた年があったが、それがいつだったのか計算するのが面倒だから分からない。
俳人の中村草田男(なかむら・くさたお)の有名な句「降る雪や明治は遠くなりにけり」が載っている句集が刊行されたのは昭和11年と言うから、その時には既に明治は遠い昔のことのように思われていたのか。内田百の随筆の中に明治時代の情景が描かれているが、ランプやガス灯の時代で何もかもが古めかしく感じられるから、その後の大正から昭和初期にかけての近代化が大きく進んだ頃に生きる者の目から見れば、私達が今明治の時代に抱く印象とあまり変らないものがあったのかも知れない。
平成も18年を終わろうとしている今、私自身のことを考えても、私が生まれた昭和初期の頃は遠い遠い昔のことのようになってしまった。いや、就職した昭和30年代の初めの頃を思い出してみてさえ、今とは隔世の感があると思うくらいだ。コンピューターなどはもちろんなかったあの頃から現在までの日本の社会の大きな「発展」が、そのように思わせるのだろう。まして明治や大正の頃などは記憶にもない、過ぎ去った時の薄闇の中にあるように思われる。