中国迷爺爺の日記

中国好き独居老人の折々の思い

失言大臣の辞任

2008-09-29 10:55:02 | 身辺雑記
 国土交通相が辞任した。任命されて僅か4日である。問題発言を連発した結果で当然とも言えるが、過去にも問題発言があったこのような人物が、なぜ総選挙を間近にした内閣の閣僚に任命されたのか疑問に思う。

 問題にされた発言のうち、成田空港問題やアイヌ民族問題などは政治家としての資質の低さを暴露したもので、抗議を受けて発言を撤回して謝罪したものの、日教組に対する批判については謝罪も撤回もせず、強硬な発言を繰り返していた。

 彼は強固で先鋭的な日教組批判者で、その意味では最右翼的な信念の持ち主なのだろう。人それぞれに主義や思想信条があるから、日教組であろうと嫌ったり批判したりするのは自由である。しかし彼の発言で看過できないのは、昨年実施され、先だってその結果が公表された全国学力テストに関するもので、彼はこの学力テスト実施を決定した際の文部科学相だったが、「全国学力調査を提唱した理由も、自説(日教組が強いところは子供の学力が低い)を証明するためであり、証明が完了した以上調査の役割は終わった」と言っていることだ。この発言に対しては、現在の文部科学相は「持論だったと思うが、それは一議員としての考え方で、大臣としての発言ではない」と記者団に述べているが、身内かばいが過ぎるというもので、大臣としての発言の中で述べたものであることは明らかだ。公式の会見の場での発言が、ここは大臣としての考え、この部分は議員としての考えなどと使い分けることなどは許されない。文部科学相も「所管の違うことについての発言は遺憾だ」くらいは言ってもよいのではないか。それにしても、もし彼の言うとおりであれば、一閣僚の強い信念(?)を証明するために、莫大な経費を使って全国学力テストを実施したということになるが、権力とはそういうものかと空恐ろしさを感じる。学力テストの公開問題で話題を賑わしている大阪府の知事は発言を擁護しているようだが、最近のこの知事の言動にも危うさを感じる。

 それにしても、彼はよほど日教組憎しで凝り固まっているのだろう。贈収賄事件のあった大分県についても「教育委員会のていたらくなんて日教組ですよ。」「日教組の子供なんて成績が悪くても先生になる。」「(日教組が強いから)大分県の学力は低い」と、もうむちゃくちゃである。確かに大分県は47都道府県中38位で低いほうに属し、日教組の組織率は高いほうだが、それだけで双方に絶対的な相関関係があるということはあるまい。ある新聞の調査では、日教組の組織率と学力との間に全体的な相関関係はうかがえないとしている。「日教組の子供なんて成績が悪くても先生になる。」に至っては何を根拠にしているのか、きわめて侮蔑的な暴論である。

 彼は地元の党の県連の会合での挨拶の中では、ますます発言をエスカレートさせ、子殺し、親殺しなどさまざまな犯罪が起こっているのも日教組に問題があると主張し、日教組をぶっ壊す運動の先頭に立つと、まことに勇ましい。集まった県連の出席者もさすがにげんなりしたようで、会の後で県連会長は「持論というよりは持病」と言ったそうだ。結社の自由は憲法で保障されている。それをいかに気に食わない団体だからといって、権力の側の者が、解体する、ぶっ壊すなどと言うのは、きわめて危険な考えだ。

 これまでにも失言で辞任した大臣は何人かあり、辞任の弁はさすがに神妙だったが、この人物はそのような気配もない。辞任の記者会見でも性懲りもなく同様の発言を繰り返すのは、ほとんど病的という印象で、異様なくらいだ。おそらくはかつての政府と日教組の激しいせめぎあいの時代の日教組観が染み付いて離れないのだろう。私よりも10歳も若く、東大を出て大蔵省のエリート官僚となった彼は、私などは及びもつかない優秀な人物なのだろうが、高学歴で優秀な者はかならずしも知性は高くないという見本のようなものだと思う。

 新聞には京都市のある60代の女性の声があって、「言いたいことを言って辞められるんだから、大臣ってずいぶん気楽な商売ねえ」と言っている。大臣の値打ちが下がっている昨今とは言え、庶民にそう思わせる罪は小さくない。