(続)アイラブ桐生・「レイコの青春」(27)
信じられない出来事(1)保育事故
それは、感情を押し殺しつつ、
極力冷静に、客観的な事実だけを正確に伝えようとしている
「なでしこ保育園」の園長自身からの電話でした。
美千子の長女で、11ヵ月になった綾乃ちゃんが、突然の呼吸停止で
市内にある救急病院へ、緊急搬送されたという内容です
。
「厚生病院」という市内では、もっとも高度な医療技術を誇る、
大規模医療施設に搬送されたという事実が、美千子の不安をかりたてました。
急いで駆けつけてくださいという言葉を最後に、電話を切った瞬間、
すでに、ただならぬ事態を思い描いて、美千子は我を失いかけています。
事態を察したマネージャーが、急いで車の手配をしています。
病院へ向かう車中で、美千子は
自らに冷静になれと言い聞かせながらも、
あらため、て園長先生の言葉のひとつひとつを検証していました。
突然の呼吸停止が意味するものは・・・
救急病院へ緊急搬送されたという事態がしめす訳とは・・・
まもなく午後10時を過ぎようとする時間帯での緊急連絡です。
保育園から職場にかかってきた電話の中身は、どう考えても
娘の身に、命にかかわる重大事態が進行していることばかりが直感されてなりません。
蒼白の美千子を気遣って、付き添いとして同行してくれた同僚の励ましも
美千子の耳には、まったく聞こえません。
病院の夜間入口のドアの前では、レイコと幸子が
美千子の到着を、早い時間から待ち構えていました。
よろめくように車を降りた美千子を、レイコがしっかりと受け止めます。
夜間用照明だけが点灯された暗い廊下を通り、3階に有る集中治療室までは
両側からレイコと幸子がしっかりと支えます。
そのすぐ後を歩く同僚のヒールの靴音だけが、静かな病院内へ響きます。
集中治療室の前では、
白い顔をした園長先生が、無言のまま立ち尽くしています。
集中治療室内は、物音ひとつ聞こえないほど静かで、静まりかえっています。
「綾乃は?」
そう問われた園長先生が、静かに首を左右に振りました。
握りしめられた園長先生のこぶしへ、美千子の両手がすがります。
「何が・・何があったんですか、
あの子は、綾乃は、なぜ、どうして・・・」
「発見した時には、すでに呼吸が有りませんでした。
急いで救急車を呼びましたが、蘇生の効果もなかったようです。
うつぶせで寝ていた綾乃ちゃんに、もっと早くわたしが気が付いていたら、
あなたの大事な綾乃ちゃんは、
こんなことには・・・ならなかったのかも知れません。
保育者としての私は、有ってはならない重大な
ミスを冒してしまったようです・・・。」
廊下の気配を察したかのように、集中治療室のドアが開きました。
「お母さんですか?」
頷ずいた美千子を、医師が目で招き入れます。
入室しようと動き始めた園長やレイコたちを、再び医師が目で制します。
集中治療室のドアが、静かに閉められました。
再び、人の動く気配が消えた静かな集中治療室と物音一つしない、
病院の静寂が戻ってきました。
やがて最初の物音が聞こえてきたのは、外部からの足音でした。
背広姿の男性が二人、その後ろには制服姿の警官と、婦警さんが続いてきます。
静かに歩み寄ってきて、園長先生の前で立ち止まりました。
「病院のほうから連絡をもらいました。
園長先生ですね?
当事者としてお話だけ、お伺いしたいと思います。
申しわけありませんが、これから署までお願いできますか。
あ、みなさんは、今夜は結構です。
いずれ、個別にお伺いするかもしれませんが、
本日は病院のほうで、このあとの対応に専念をしてください。
では、いずれその時にまた。」
そう言われても、なをも同行しょうとする幸子を園長先生が、目で止めました。
レイコへひとこと、「美千子さんがとても心配です。お願いしますね。」と
声をかけると、美千子の同僚にも丁寧に頭を下げます。
やがて婦人警官に肩を支えられながら、病院内の長い廊下を歩き始めます。
集中治療室の中でも、かすかに空気が動き始めました。
美千子の低い声と、それに続く小さな嗚咽が、廊下にまで洩れてきます。
なにかにつけてとかくの負けず嫌いで、人前などでは一切泣いたことが無いと
いつも笑っていた「頑張り屋」の美千子が、レイコに、
初めて聴かせる、それは涙の声でした。
・本館の「新田さらだ館」は、こちらです http://saradakann.xsrv.jp/
信じられない出来事(1)保育事故
それは、感情を押し殺しつつ、
極力冷静に、客観的な事実だけを正確に伝えようとしている
「なでしこ保育園」の園長自身からの電話でした。
美千子の長女で、11ヵ月になった綾乃ちゃんが、突然の呼吸停止で
市内にある救急病院へ、緊急搬送されたという内容です
。
「厚生病院」という市内では、もっとも高度な医療技術を誇る、
大規模医療施設に搬送されたという事実が、美千子の不安をかりたてました。
急いで駆けつけてくださいという言葉を最後に、電話を切った瞬間、
すでに、ただならぬ事態を思い描いて、美千子は我を失いかけています。
事態を察したマネージャーが、急いで車の手配をしています。
病院へ向かう車中で、美千子は
自らに冷静になれと言い聞かせながらも、
あらため、て園長先生の言葉のひとつひとつを検証していました。
突然の呼吸停止が意味するものは・・・
救急病院へ緊急搬送されたという事態がしめす訳とは・・・
まもなく午後10時を過ぎようとする時間帯での緊急連絡です。
保育園から職場にかかってきた電話の中身は、どう考えても
娘の身に、命にかかわる重大事態が進行していることばかりが直感されてなりません。
蒼白の美千子を気遣って、付き添いとして同行してくれた同僚の励ましも
美千子の耳には、まったく聞こえません。
病院の夜間入口のドアの前では、レイコと幸子が
美千子の到着を、早い時間から待ち構えていました。
よろめくように車を降りた美千子を、レイコがしっかりと受け止めます。
夜間用照明だけが点灯された暗い廊下を通り、3階に有る集中治療室までは
両側からレイコと幸子がしっかりと支えます。
そのすぐ後を歩く同僚のヒールの靴音だけが、静かな病院内へ響きます。
集中治療室の前では、
白い顔をした園長先生が、無言のまま立ち尽くしています。
集中治療室内は、物音ひとつ聞こえないほど静かで、静まりかえっています。
「綾乃は?」
そう問われた園長先生が、静かに首を左右に振りました。
握りしめられた園長先生のこぶしへ、美千子の両手がすがります。
「何が・・何があったんですか、
あの子は、綾乃は、なぜ、どうして・・・」
「発見した時には、すでに呼吸が有りませんでした。
急いで救急車を呼びましたが、蘇生の効果もなかったようです。
うつぶせで寝ていた綾乃ちゃんに、もっと早くわたしが気が付いていたら、
あなたの大事な綾乃ちゃんは、
こんなことには・・・ならなかったのかも知れません。
保育者としての私は、有ってはならない重大な
ミスを冒してしまったようです・・・。」
廊下の気配を察したかのように、集中治療室のドアが開きました。
「お母さんですか?」
頷ずいた美千子を、医師が目で招き入れます。
入室しようと動き始めた園長やレイコたちを、再び医師が目で制します。
集中治療室のドアが、静かに閉められました。
再び、人の動く気配が消えた静かな集中治療室と物音一つしない、
病院の静寂が戻ってきました。
やがて最初の物音が聞こえてきたのは、外部からの足音でした。
背広姿の男性が二人、その後ろには制服姿の警官と、婦警さんが続いてきます。
静かに歩み寄ってきて、園長先生の前で立ち止まりました。
「病院のほうから連絡をもらいました。
園長先生ですね?
当事者としてお話だけ、お伺いしたいと思います。
申しわけありませんが、これから署までお願いできますか。
あ、みなさんは、今夜は結構です。
いずれ、個別にお伺いするかもしれませんが、
本日は病院のほうで、このあとの対応に専念をしてください。
では、いずれその時にまた。」
そう言われても、なをも同行しょうとする幸子を園長先生が、目で止めました。
レイコへひとこと、「美千子さんがとても心配です。お願いしますね。」と
声をかけると、美千子の同僚にも丁寧に頭を下げます。
やがて婦人警官に肩を支えられながら、病院内の長い廊下を歩き始めます。
集中治療室の中でも、かすかに空気が動き始めました。
美千子の低い声と、それに続く小さな嗚咽が、廊下にまで洩れてきます。
なにかにつけてとかくの負けず嫌いで、人前などでは一切泣いたことが無いと
いつも笑っていた「頑張り屋」の美千子が、レイコに、
初めて聴かせる、それは涙の声でした。
・本館の「新田さらだ館」は、こちらです http://saradakann.xsrv.jp/